第6話 魔剣解放

 とりあえずの生活費を稼ぐため、俺の冒険者としての最初の仕事が始まる。


 場所はダビンクの町から西へ進んだ先にあるダンジョンから、入って数十メートルの地点。いざとなったらすぐに逃げだせる位置で仕事を始める。

 

「さて、と……」


 俺はキースさんからもらった片眼鏡を装着する。

しばらくして、装着した左目が少し熱を持ち始めた頃、俺はゆっくりと目を開ける。その効果は――周囲を見渡せばすぐに分かる。


「おっ、早速一個発見だ」


 手にしたのは特に変化の見られないただの石――だが、こいつを専用ハンマーで砕いてみると、断面が水色に輝いていた。


 狙い通り……こいつは水属性の魔石だ。


「サイズも良好……幸先のいいスタートになったぞ」


 この魔石があれば、魔法を覚えなくても、魔法と同じ効果を得られる。つまり、この石に魔力を注ぎ込めば、石から溢れんばかりの水が湧き出る――という寸法だ。

ただ、そう滅多に落ちているわけではないので、手当たり次第に石を砕いても時間の無駄になる。そこで、俺はこの片眼鏡の力を頼りに、ピンポイントで探していく作戦に出たのだ。

 まあ、あの様子だと、キースさんは俺がこういった方法で稼ぐって読んでいたみたいだから、このアイテムをくれたのだろうな。さすがは大陸にその名を轟かせる大商人。先見の明がある。

 俺はその後も安全安心にアイテムを調達していった。

 どれほどの時間が経っただろう。

 持ってきた袋は、ゲットしたサイズのバラつく魔石でいっぱいになっていた。


「これだけあれば、合計で金貨十枚くらいにはなるかな」


 上々の結果に満足した俺は、ダンジョンを抜けてギルドへ戻ろうとした――その時、


「兄ちゃん、ちょっと待ちな」


 俺を呼び止めたのは男の声だった。

 振り返ると、そこには四人組の冒険者パーティーがいた。


「……何か用か?」

「その袋に入っている物を寄越しな」


 ストレートだな、おい。

 包み隠さず要求できるその豪胆さは感心するよ。

 まあ、だからといって渡すわけがないけど。


「断る」


 相手のストレートな物言いに敬意を表し、俺もストレートに拒絶する。

 男たちは俺を指差し、下卑た笑みを浮かべた。


「へへへ、バカな野郎だ。大人しく渡していたら、痛い目を見ずに済んだものを」


 ……やっぱり、そうなるか。

 恐らく、こいつらはこれが初犯じゃない。俺みたいに、戦闘絡みじゃないクエストを申請している者――言ってみれば、戦闘に不向きと思われる者から獲物を奪って、それを裏ルートでさばくつもりだ。


 ダビンクのような大都市だと、こういった裏での取引が蔓延してしまえば、肝心要となる都市の経済が麻痺してしまう恐れがある。なので、取り締まりが非常に厳しいはずなのだが……男たちの手慣れた様子を見ると、かなり大規模な組織が絡んでいると見て間違いなさそうだ。


「今ならまだ間に合うぜ? そいつを置いていきな」

「断る」


 人数では劣るが、だからといって引き下がれない。俺だって、生活がかかっているのだから。

 ――それに、今の俺にはもう制限がない。


「……選ばせてやる」

「あ?」

「氷漬けと黒焦げ――どっちがいい?」


 鞘から抜いた俺の魔剣。

 今となっては、師匠の形見となった魔剣……真っ黒なその剣を見た男たちは一瞬その異様さに怯んだ。しかし、数での優勢があるためか、威勢のよさをすぐに取り戻す。


「そんな虚仮威しで俺たちがビビるとでも思ってんのか!」


 息巻く男たち。

 だいぶ熱くなっているようなので――その熱を冷ましてやるとしよう。


「《冷剣》――アイス・ブレイド」


 手にした魔剣に、強烈な冷気がまとわりつく。この瞬間、魔剣の魔法属性は【氷】へと変化した。

 魔力を込めることで属性を変化させる。

 それが、魔剣の生み出す効果だ。

 ……残念ながら、魔王に効果絶大とされる【光】属性の魔法だけは、聖剣を持つ者にしか使えないため、俺の魔剣でも使用はできないが。


 それでも――威力は十分にある。

 

「いけ」


 静かに告げて、剣を振るう。

 放たれた冷気は、矢のごとき勢いで男たちの足元へと飛んでいく。そして、直撃と同時に凍りつき、男たちをその場に縛りつけた。

 

「な、なんだこりゃ!?」

「つ、つめてぇ!?」

「足元が凍ってるぞ!?」


 突然の事態に、男たちはパニックに陥る。

 だが、すぐに俺の仕業と気づき、


「この野郎!」


 ひとりの男が、手にしていた大きなハンマーを俺目がけて放り投げてきた。そのまま回避してもよかったが、ようやくその力を解放できた魔剣――まだまだ暴れ足りないだろうから、もう少しこの力を使おう。


「《焔剣》――フレイム・ブレイド」


 再び魔剣へ魔力を込める。

 すると、今度は赤と橙が混じったような炎をまとい始める。俺はそのまま魔剣を頭上へと持ち上げると、飛んでくる鉄塊へ向けて一気に振り下ろした。

 燃え上がる剣が、ハンマーを両断する。さらに、振り下ろした勢いで、先ほどの冷気のように炎が男たちを襲う。


「「「「あっつぅ!?」」」」

「冷たいんだったらちょうどいいだろ?」


 剣技と共に繰り出される氷系魔法と炎系魔法のコンビネーション。

 これが、剣士と魔法使いの力を併せ持つ魔剣士の戦い方だ。


「さて、それじゃあ次は――雷……いってみるか」


 そう言って、三度魔力を魔剣に込める。

 バチバチという音と共に、薄暗いダンジョンに閃光が走った。


「「「「ひいっ!?」」」」


 次に来る攻撃を予想した男たちは一目散に逃げだした。


「ふぅ……」


 正直、魔剣の力を実戦で使うのはかなり久しぶりだったので、ちゃんと発動するか心配だったが、問題なさそうでひと安心だ。

 俺は魔剣を鞘へとしまう。

 何はともあれ、最初のクエストは達成だ。

 ……ただ、さっきの男たちは気になるな。

 ダビンクの町のギルドを統括しているザイケルさんは、ああいった連中を厳しく取り締まっている。それにも関わらず、あんなのがうろついているのはどうにも解せない。かといって、ザイケルさんがそういった連中を飼っているとも思えない。


「……黒幕はギルド関係者か?」


 取り締まる側であるザイケルさんたちに隠れてコソコソ内部情報を漏らしているヤツがいる……?


「一応、リサに報告しておくか」

 

 改めて、ダンジョンから出ようと歩きだした時だった。


「うん?」


 背後で物音がした気がする。

 振り返ると、ひと際大きな岩があり、そこで何か動いたような。


「モンスター……か?」


 それにしては気配が弱い。

 まあ、ここは難易度の高いダンジョンではないし、低レベルのスライムか?

 そう思っていたが、


「うぅ……」


 誰かが泣いている?

 ケガで動けなくなったのか?

 近づいてみると、そこにいたのは――


「あ、君は……」


 岩陰に隠れ、震えていたのは……ディンゴさんの宿屋を訪れた女の子だった。



  ◇◇◇



 ギルドへ戻り、リサへクエストの成功を報告。

 

「さすがはアルヴィンにゃ! Eランクとはいえ、比較的難易度の高い魔石採集を初日であっさり達成するなんて!」

「キースさんからもらった鑑定眼鏡が役に立ったよ」

「それにしても凄いにゃ。しかも! 可愛い女の子までゲットするにゃんて!」

「ああ……この子はそういうわけじゃないんだ」


 俺とリサの視線の先にいたのは、ディンゴさんの宿屋にたあの女の子だ。なぜかろくな装備も持たず、ダンジョンで震えていたところを、俺が保護して連れてきたわけだが……ギルドに戻っても様子は変わらず、ずっと怯えていた。


「……一体何をやったにゃ?」

「何もしていない」

「訂正にゃ。これから何するつもりにゃ?」

「だから何もしないって」


 無言のまま、ジト目で抗議してくるリサ。

 あそこまで怯えている子に何かできるってヤツがいるなら、そいつはガナードに匹敵する節操なしだぞ。


「それにしても……何を聞いても答えてくれないんじゃ、家に送り届けてあげることもできないぞ……」

「にゃっ!? あの子の家で襲う気にゃ!?」

「それも違う」


 どうしても俺を最低野郎にしたいらしい。おかげで、あの子がさっきまでよりも怯え方がひどくなってる。


「しょうがないにゃ。ほら、アメちゃんあげるから、名前を教えるにゃ」


 受付から出てきたリサは、どこから取りだしたのか、小さなアメを女の子に差し出す。すると、女の子はそれを受け取って、


「シェルニ、です」


 と、名乗った。


「この調子でアメちゃんをあげていけばこの子の正体が分かるにゃ!」

「……まあ、その子に関してはリサに任せるよ。それより、報酬をくれ。それで宿代を払うから」

「そうだったにゃ! はい。これが報酬にゃ」

「ありが――」


 俺が報酬である金貨の入った袋を受け取ろうとした時だった。



「ごきげんよう、貧乏人の皆さま!」


 

 ひとりのうるさいお嬢様が、不似合いな冒険者ギルドへとやってきた。

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