第1話 魔剣使いの商人、追放される

 薄暗いダンジョンの中に、金属同士がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。


「ぐっ!?」


 斧を手にしたトロールの強烈なパワーに押され、俺はたまらず後退した。

 

「はあ、はあ、はあ……」


 呼吸を整えようとするが、追いつかない。俺が弱っていると判断したトロールは、攻勢の手を緩めず、力任せに襲ってくる。ただパワーに頼る戦いではなく、このトロールはスピードも速かった。さすが、攻略難度Aのダンジョンに生息するモンスターだけのことはある。


 ビュッ!


 斧が風を切る音が、すぐ近くから聞こえる。

 紙一重でかわしながら、俺はチャンスを待った。


 苦戦こそしているが、こいつを倒すことはできる。

 でも、ただ倒すだけじゃダメだ。


 冒険者ギルドで知り合ったグラントから仕入れた情報によると、迂闊にこいつを倒せばさらに厄介な事態を招くことになる。

 そのグラントともはぐれてしまった……まさに絶体絶命の状況だ。


「……このまま殺られてたまるか!」



 せめて……せめて、愛用の武器が使えれば、こんなヤツら相手にここまで苦戦などしないのに……。


「どげぇ、アルヴィン!」


 突然、肩を掴まれ、強引に押しのけられる。

 後ろからやってきたのはパーティーのリーダーである【救世主】ガナードだった。


「おらあ!」


 ガナードが振るうのは神から託された聖剣。

 その強烈な一撃で、トロールはもう虫の息だ。


「! ダメだ! ガナード!」

「うるせぇ! タイタス! 援護しろ!」

「おう!」


 ガナードと共に合流した仲間のタイタスが追撃。

 最後はガナードがトドメの一撃を食らわせて、トロールは見事撃破された。


「よっしゃ! 今の戦闘でまたレベルが上がったぜ!」

「これでとりあえず目標達成だな」

「おう!」


 ガナードとタイタスはハイタッチで勝利を祝う。

 だが、次の瞬間――凄まじい地鳴りが轟いた。


「な、なんだ!?」

「そいつの仲間だ! ここのトロールは、一匹倒すと仲間の仇を打つために集団で襲いかかる習性があるんだ!」


 それが、俺の仕入れた情報だった。

 もちろん、このことは口酸っぱくガナードに伝えていた。

 だが、俺の仕入れた情報など信用できないと、ガナードは聞く耳を持たなかった。その結果がこれだ。


「どうする、ガナード。さすがにあの数を相手にするのは……」

「ちっ! 分かってる! 撤退するぞ!」


 吐き捨てるように言って、ガナードとタイタスはそそくさと逃げだす。

 はぐれたグラントの身を案じつつも、このままではトロールの群れに押しつぶされると判断した俺は、下唇を噛みしめながらもダンジョンの出口へ向かって走りだした。



 ◇◇◇



 なんとか宿屋に戻った俺は、早速ガナードの部屋に呼びだされた。

 そこにはタイタスの他に、今回は別行動をとっていた女魔導士のフェリオもいた。


「来たか、アルヴィン」


 軽装に着替え、ベッドに腰を下ろしていたガナードはゆっくりと立ち上がると、静かに話し始めた。


「薄々勘づいているんだろ? ――俺がおまえを呼んだ理由」

「……さあ?」

「なら、単刀直入に言うが……おまえ、パーティーを抜けろ」

「!?」


 とぼけてはみたが……やっぱり、か。

 分かっていたことだけど、面と向かって言われるとなかなかキツイな。


「……俺の代わりに、もう目星はつけているのか?」

「はあ? 代わりって……おまえ、自分の立場分かってんのか?」


 ガナードは目を鋭く細め、呆れたように言い放つ。


「これまでおまえがせこせこやっていた商人としての仕事の数々は、もうする必要がねぇんだ。武器もアイテムも宿も、俺たちが救世主のパーティーだと言えば、誰もが喜んで無償提供してくれる」


 そう。

 モンスターを倒し続ける救世主の噂は、今や世界中に広まっている。人々は救世主であるガナードたちに感謝し、諸々の費用について「お代はいりません」と金銭を受け取らなくなっていた。つまり、商人として交渉する機会は激減していたのだ。


 それだけに限らず、たとえ宿屋が満室であっても、もとからいた客を救世主の来店だからと追い返して部屋を用意したり、他の客に譲渡する予定だった武器を救世主だからと先に渡したりと、とにかく、いかなる事態においても俺たちのパーティーは優先され続けていた。そして、ガナードはその状況が当たり前だと思うようになっていったのだ。


 だから、最近の俺は商人としての職務をなかなか果たせず、今日みたいにダンジョンでモンスターの体力を削ったり、荷物持ちをしたりと、すっかりパーティーの雑用に成り下がっていた。


「商人としても戦闘要員としても役に立たねぇおまえはもう用無しなんだよ! 今日の戦闘だってそうだ! おまえがもう少し戦力になっていたら、問題なく突破できたんだ! 全部おまえのせいだ!」

「! 待ってくれ! 戦闘ならできる!」


 戦闘については言い分があった。


「今日の戦闘についてなら、俺に魔剣さえ使わせてくれていたら――」

「おまえの魔剣なんざ、見たくもねぇんだよ!」


 俺の主張は、ガナードの叫びにかき消された。


「俺たち救世主のパーティーに、魔王が作ったとされる魔剣を使う男がいるなんて知れたらどうするつもりだ?」

「そ、それは……」

「何度も言わせるな。――この国で名が通った聖騎士であるおまえの師匠が是非にと薦めるから雇ったが、こうも役立たずじゃこのパーティーをお払い箱になってもしょうがねぇよな」


 俺は何も言い返せなかった。


 魔剣――ガナードが言った通り、俺は剣士だが、愛用しているのは魔王が作ったとされる、全部で七つある剣のうちのひとつ。


 だけど、俺はこいつを使いこなすため、師匠に拾われてからずっと修行に励んでいた。その成果もあって、今は完璧に制御できるし、使いこなせる。


 だけどガナードは、俺に魔剣を使うことを禁じた。


 理由はさっき本人が述べた通り、「魔王を倒そうとしている救世主のパーティーに、魔王の作った武器を使うヤツは相応しくない」というものだ。


 だからガナードは俺に、本来の専門職である剣士ではなく、商人としてこのパーティーに帯同するよう命じた。剣士に戻りたければ、普通の剣で貢献しろと言われたが、ガナードから与えられる武器は、とてもじゃないが高レベルのモンスターには通じない安物ばかり。その結果が、今日の俺の戦果に表れている。


「いつまでそこに突っ立っている気だ?」

「ホント、未練たらしいわね。あんたも男なら、スパッと腹をくくりなさいよ」


 タイタスとフェリオもガナードに賛同するってわけか。

 まあ、はなから期待なんてしていないけどな。


「そういうわけだ。ほれ、さっさと出ていってくれ」

「…………」

「ああ、そうだな。――ほら」


 俺が立ち尽くしていると、ガナードはポケットから小さな袋を取り出してそれを目の前のテーブルへ雑に放り投げた。「ガチャン」という音から、恐らくお金だろう。


「これだけあれば、今から別の宿を手配できるだろ」

「っ!?」


 俺が金をせびっていると思われていることにカチンときたが、逆に、これが今のガナードから見た、俺の姿なのかと思うと、急に熱が引いていくような感覚になった。


 必要とされていないなら、このパーティーにとどまる理由はない。

  

「どうした? これじゃ足りないか?」

「……金は要らない。じゃあな。魔王討伐、頑張れよ」

「いわれなくても世界を救ってやるさ」


 自信に溢れたガナードの表情。

 心の底から、「誰にも負けるわけがない」と信じきっている。


「じゃあな」


 それだけ言い残し、俺はその場を足早に去った。

 もはや、一分一秒たりとも、そのニヤついたツラを見ていたくない。

 踵を返し、足早に部屋を去っていく。

 

 とりあえず、今日は野宿になりそうかな。








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