追放された魔剣使いの商人はマイペースに成り上がる 前世で培った《営業スキル》で、仲間と理想のお店を始めます。

鈴木竜一

プロローグ

 いつから、俺の人生は狂い始めたのか。


 大学を卒業し、地元の中小企業に就職した――たぶん、そこまではいい。

 

 道路工事などで使う二次製品を扱う会社の営業で、主に地方自治体やゼネコン、設計コンサルなどを相手にしていた。


 得意先や上司からのネチネチとした嫌味をスルーしながら、俺は淡々と仕事をこなしていく。朝早くから夜遅くまで、時には土日も出社して黙々と仕事をこなしてきた。


 業種としては営業だが、小さな会社ではよくある「何でも屋」のポジションだった。製品に不備があれば、現場までトラックを運転していき、回収して工場へ運ぶ。


 そんな生活を繰り返しているうちに、もう四十手前という年齢になっていた。

 

 髪や髭には白い毛が混じるようになり、運動不足の結晶ともいえるポコンと飛び出したお腹が独身中年男の悲哀を感じさせる。これといった趣味や特技はなく、友人関係も希薄で、やることといったらソシャゲかアニメ・マンガ鑑賞、そしてたまにいく低貸のパチンコ・パチスロくらいか。


 ハリもツヤもない人生。


 一体、俺は誰のために、何のために働いているのか。

 

 結婚して、子どもが生まれて、家を建てる――そんな、漠然とした「大人の姿」を思い描いていたが、現実は厳しい。正直、何も達成できないまま、老いていくのだろうという変な確信があった。


 もし――もし、やり直せるというなら、俺は自分の人生をやり直したい。


 もっとハツラツとして、輝いている日々を送るために。


 最近の俺はいつも寝る前にこんなことを思うようになっていた。

 頭の中で、過去にいくつかあった選択肢を迫られる瞬間――それを思い出し、最良の答えを導き出した「もしも」の世界に浸る。


 それは、睡魔に完敗して夢の世界へ旅立つまで、毎晩繰り返し行われていた。



  ◇◇◇


 

「アルヴィン、大丈夫か?」


 不意に声をかけられ、閉じていた目を開ける。


「顔色がよくねぇみたいだが……さっきの戦闘の疲れが出たか?」


 岩肌に囲まれた薄暗い空間で、スキンヘッドの偉丈夫が、俺の顔を覗き込みながらそんなことを言う。



「大丈夫だ。――グラント。攻略難度の高いダンジョンに潜っているせいで緊張していたらしい」



 俺はそう答えた。

 ――て、どうして俺はこのスキンヘッドマッチョマンの名前を知っているんだ? それにアルヴィンって……俺のこと? ていうか、ダンジョンって……




 直後、霧がかっていた意識と記憶が覚醒し、俺はすべてを思い出す。


 ――結論からいうと、俺は異世界に住むアルヴィンという青年に転生していた。

 手持ちのリュックにあった鏡に映し出されたのは、茶色い髪に翡翠色の瞳。無気力だった以前とは違い、精悍な顔つきで、体もよく絞れている。こんなにスッキリしたお腹を見るのはいつ以来だろうか。


 そんな俺は今、世界を救う救世主パーティーの一員として、トロールの群れが住みついたダンジョンに潜っていた。


 グラントはここまで案内してくれた地元の冒険者で、今はふたりでトロールの動向を調査しに先行している最中だ。


「早いとこ進もうぜ。あんまり救世主様を待たすと、後が怖いからな」

「……ああ、そうだな」


 静かに同意して、俺とグラントは進んでいく。

 すべては、パーティーのリーダーである救世主のために……

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