第二百二十八話 知世の分析力な件

「本当、いいチームになりましたね」


 選手たちがそれぞれミーティングをし始めた頃、永愛高校マネージャーの知世ちせが安藤監督に話しかけた。綺麗な黒髪を後ろに束ねた、キリッとした奥二重にメガネが似合う美人である。


「えぇ。本当に逞しいです。知世さんの用意してくれた映像も、必要な所だけがしっかりまとまっていて素晴らしい仕事です」


「ありがとうございます。私自身ここまでマネージャー業にハマるとは思いませんでしたけど」


 知世が手で口を抑えながらクスクスと笑った。


「それと……監督。皆にはあえて伝えていないのですが、色々と分析している中で気になることがあって」


「何でしょうか、話してみてください」


「えぇ。私の勝手な妄想かもしれませんが、余りにも似ていたので……少し別室で」


 彼女は安藤監督を分析室へ連れて行った。


「これを見てください」


 彼女はモニターに映像を流し始めた。


「ほほう……これは女子野球ですかね?」


「えぇ。二年前の全国大会、決勝戦の映像です」


 二人は試合の映像を静かに眺めていた。


「ほっほっ……これはこれは」


「このプレイスタイル……似ていませんか、余りにも」


 二人の視線は左投げのピッチャー千河守、ただ一点を見つめていた。


「髪型やフォームは千河ヒカル君と違いますが、正体を隠すためにいくらだって弄れますからね」


「顔立ちもそう言われると似ている気がしますね。千河君、兄弟はいるのかな?」


「いません! 調査の結果、千河ヒカル君も守さんも一人っ子で間違いありません」


 知世が自信たっぷりに答えた。


「本当に感心する分析力ですね、ただまだ確信は持てないのでもう少し……」


 安藤監督は笑いながらテレビを見ていたが、ある一瞬の動作を見て、彼は目を見開いた。


「知世さん。彼女は千河ヒカル君で間違いなさそうです」


「な、何か決定的な瞬間でも!?」


 知世が興奮気味に問いかけた。


「このシーンです」


 安藤監督は少しだけ映像を巻き戻した。場面は試合後半、千河が点差一点リードの中でのピッチング。得点圏にランナーを背負い、四番打者と対峙しているシーンだ。


「当時と今ではフォームの力感や持ち球はやはり変わっています。特にフォームは意図的に変えていると考えられます。ただね」


 安藤監督は、映像を停止させた。そのシーンとは、千河守が左手に息を吹きかけている場面である。


「緊張する場面では、人間はクセを出してしまうものです。


「……!!!!」


 知世の脳裏に衝撃が走った。彼女が今まで見てきた映像に、何度もその姿が映し出されていたからである。


「間違いありません。何故彼女が男子として野球をしているか不明ですがね」


「良かったです……正直確信が持てなかったので安心しました」


「えぇ。ただ私は正々堂々戦いたい。この話は私たちだけにしましょう。知世さん、他にも彼女の映像はありますか?」


「承知しました。映像は資料と一緒にすぐまとめます」


 知世は急ぎ足で部屋を後にした。静かな部屋に、試合の実況が流れている。


「ストライク!! バッターアウト!!」


「エースの千河さん、四番打者相手にも抜群のコントロールで翻弄しました!!」


 マウンド上で守がガッツポーズをしていた。安藤監督はその映像を静かに眺めていた。


「勝負です、天才女性ピッチャーさん」


 安藤監督の優しそうな瞳の奥に、込み上げる熱いものが広がっていた。

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