第二百二十七話 智将の分析な件

「それでは次の四回戦、対戦相手の明来高校に向けてミーティングを始めます。まずはマネージャーが編集してくれたダイジェスト映像を観ていきます」


 還暦は迎えたであろう男性が落ち着いた口調で語り始めた。

 彼は永愛えいあい)高校の安藤あんどう監督である。今まで数々の弱小高を甲子園常連校へと導いた名監督である。


 ここ数年は身体を壊していて現場を離れていたが、去年春よりここ永愛高校の監督に就任した。

 永愛は全国トップクラスの新学校だが部活動は弱かった。だが理事長が先代のご子息に交代してから文武両道の方針となり、部活動への投資を強めていった。

 現に野球部もスポーツ推薦は採用していないが、安藤監督就任後、長年一回戦敗退だったチームを夏三回戦進出、春はベスト八まで残すという成績を収めていた。


「さぁ、皆さん自由に意見を出し合ってください」


 映像が終わったところで安藤監督はニッコリと選手たちに問いかけた。


「チームのキーマンはやっぱり投打の中心である東雲かと思います。ただ調子の差が激しいので如何に彼を不安定にさせるかが大事かと思います」


「一年生の駄覇も既に高校野球に適応している印象があり、中学時代の実績を考えても危険です」


「ショート山神の守備力は高校生のレベルを超えています。エンドラン等で特に注意が必要だと思います」


 各々選手が発言し、それに他の選手が自由に意見を出し合っている。彼らが特に警戒しているのは東雲、駄覇、山神の三名であった。


「ほっほっ。皆さん、ミーティングを重ねる毎に考える幅が広がっていて素晴らしいですね」


 安藤監督は嬉しそうにその様子を聞いていた。


「監督、結論としては東雲、駄覇、山神の三名を特にマークします。東雲については打席での揺さぶりで調子を崩す事を狙いますが、駄覇と山神の対策について何かアドバイスを頂けますでしょうか」


 キャプテンの雲空(くもぞら)が、これまでの意見をまとめて監督へ伝えた。


「ふむ。質問を質問で返してしまい申し訳ありませんが、駄覇君と山神君については何かアイデアはありませんか?」


「どちらも非常にバランスの整ったプレーヤーというのが我々の見解で、隙が見つかりません。駄覇は全体の基礎レベル、山神はセンスと咄嗟の発想が優れている印象です」


「成程、よくそこまで考えました。では駄覇君については正当法以外、山神君には正面から戦ってみてもいいかもしれませんね」


 安藤監督は少しだけアドバイスを加えた。


「ありがとうございます!」


 選手たちは頭を下げた。


「では私からの質問です。千河君、兵藤君についてはどうですか?」


「千河と……兵藤……ですか」


 安藤監督の問いかけに、選手たちは少しだけ言葉が詰まった。


「千河については多彩な変化球とずば抜けたコントロールは脅威ですが、スピードがマックスでも百二十キロほどと脅威とは考えていません。またスタミナもあまり無い印象なので球数を稼いでいきます」


 安藤監督はニコニコと、静かに雲空の話を聞いていた。


「兵藤は足が速く、センターの守備とランナーとしては怖い存在ですが、打者としては特に左打者への対応に弱く、碧海(あおうみ)を当てれば苦戦しないと思います」


 雲空の発言に合わせて、左投手の碧海は頷いた。


「ふふ。いい見解ですね。次の試合は恐らく彼らの攻略が鍵になります」


「え、彼らがですか?」


 安藤監督はそのまま話し続けた。


「まず先発は間違いなく千河君だと思います。そして明来の得点源は兵藤君の出塁です」


 選手たちは静かに監督の話を聞いている。


「東雲君の性格上投げたがるでしょうが、前の試合で投げすぎた彼を、上杉君は絶対に投げさせません。千河君は多少点数を取られてしまいますがゲームを作れます。何より私たちのような打撃力が低いチームなら、仮に東雲君が投げられる状態でも千河君を使う筈です。恐らく千河君が六、七回まで投げてから駄覇君へのリレーです」


「兵藤君については前の試合、完全に仕事をさせてもらえず、その為明来は得点に苦戦しました。蛭逗戦は駄覇君が見事、相手に適応した為得点できましたが、今までの明来の得点要因は兵藤君の足が作っています」


 ここまで話したところで、安藤監督はニコニコと笑い、選手の目を見渡した。


「皆さん、各々自分がやるべきことはイメージできていると思います。意見交換はいつでも受け付けますので、たくさん脳に汗をかいてみて下さい」


「ありがとうございました!!」


 全体ミーティングが終わり、各自話し合いを始めていた。


 

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