第二百二十五話 賭博場に泳ぐ鮫な件
――都心部、富裕層エリア。
高層マンションが立ち並ぶ都内屈指のスポット。通る車もリムジンやスポーツカーばかりの、正にお金持ちしかいない地区である。
そんなエリアの中でも一際大きなマンションの最上階に、兵藤はいた。彼はイタリア製の高級スーツに身を包み、髪もキッチリ整えていた。そして黒い仮面を被っていた。
彼がいるこの一室は、賭博場である。最上階のエリア全てがこの一室となっており、この極限まで閉鎖された空間で、国内では違法となっているギャンブルが行われていた。
客層は大企業の社長、大物政治家、一流投資家、大学病院の院長など、まさに富豪の娯楽の場として提供されており、レートはそこらへんの裏カジノとは桁が違う。
各方面の著名人ばかりが客層であり、決して身分が知れる訳にはいかない立場の人ばかりなので、全員が同じ仮面を被っている。
そんなハイレート環境の中でも、特にレートの高い、所謂VIP卓に兵藤は座っていた。プレイしているゲームはポーカーである。
なんと強制参加費を払うポジションで、日本円で五万円も支払う必要がある、超ハイレートステークス。一度に持ち込めるチップスタック量は一千万円まで可能である。
「オールイン」
兵藤とヘッズアップとなっている相手から、スタックチップを全部賭けるオールインが飛んできた。相手は自信満々に、チップの山を卓にドンと突き出し、画面越しに兵藤の顔にジッと視線を送った。相手が出したチップを含め、今このワンゲームに投資されているチップ量は約一千五百万円となった。
兵藤は少し考えてから、チップを卓にポイっと投げた。そのオールインに乗る、ということだ。
「ショーダウン」
ディーラーが双方のプレーヤーにハンドを見せることを促した。オールインの場合、どちらのプレーヤーも必ずハンドを見せないといけない。
しかし相手のプレーヤーは手をプルプル振るわせて、中々ハンドを見せようとしない。
「エースハイ」
さきに兵藤がハンドを公開した。ボードのカード五枚と、自身のハンド二枚を組み合わせても、何も役のない所謂『ブタ』の、一番高い数値がエース、というだけである。
「う……嘘だろ」
相手はそのハンドを見て、呆然としていた。再度催促をされてもハンドを見せなかったので、痺れを切らしたディーラーはハンドを強制的に公開した。相手もブタ。しかし一番数値の高いカードがキング。この場合はより高い数値のエースを持つ兵藤の勝ちとなる。
「こ……こんなのイカサマだろ!!!」
相手は突然叫び出した。
「なんでこのボードで、俺からのオールインにエースハイでコールできるんだよ!! ハンドレンジから見てもあり得ねぇ!! こんなの俺のハンドを知っていたとしか考えられねぇ!!!」
怒り狂った相手は兵藤の元に詰め寄ろうとしたが、屈強な黒服数名にすぐ止められた。
「離せコラ!! お前らもグルだろ!!」
兵藤は表情ひとつ変えず、ディーラーから流されてきたチップから五ドルチップ一枚を取り、ディーラーへのチップとして投げた。
「流石だね、鮫」
「あんなの楽勝。視線とチップの出し方がもうブラフしてるって言ってるよアレ」
兵藤はここでは鮫と呼ばれている。ポーカーにおける鮫というのは、強いプレーヤーに称される時に使われる扱いである。
「いやー、鮫に投資するの大正解だわぁー」
兵藤の後ろで戦況をずっと見ている男がいる。彼はこの賭博場の常連でもある専業投資家である。
「儲かる額的にはまぁ普通だけど、自分で頭使わないで稼いでくれるってマジ楽ね。自動売買ツールみたいな感じだわホント」
「このレートが大したレートじゃないって、アンタほんと頭おかしいよ」
「いやごめん。ただ超一流のプレイを特等席で見れて、ある程度支出が分散して更にお前への報酬引いてたとしても、一日でサラリーマン一年分くらいの年収が入る期待値ってコスパいいなーって」
彼は早口で満足そうに話している。
「ポーカーは分散のゲームだ。負ける時もある」
「でも鮫は圧倒的スキルでさ、月単位でみりゃそれくらい稼ぐじゃん。どうよ? マジで毎日俺の金で稼働しね?」
「俺はプライベート優先なの」
兵藤はキッパリ断る。
「釣れないねー、鮫だけに。俺についてきたら金には困らないよ?」
「俺には証明したいもんがあるんだよ」
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