第二百十五話 ワンチャンに賭ける件
「六回の表、明来高校の攻撃は――」
「三番、セカンド、駄覇くん」
今日既に二打数二安打、大当たりの駄覇が打席に入った。先程は決め球のスローカーブまで全ての球種を敢えてファウルで逃げ、そしてワンバウンドするスローカーブを見事弾き返した。
中学時代の因縁もあるからか、麻布はあからさまにウザそうに表情を顰めた。
「さっきまでの弱気な感じとは違げぇじゃねーか。あのピッチャー」
駄覇の発言に麻布はイラっときた。
「いい加減にしろよ一年坊。その生意気な口がきけるのもここまでだ」
「ハッ……良いねぇ。アンタは元より、今はあのピッチャーも静かに闘志を燃やしているみたいだ」
駄覇はいつもの様に、バットをピッチャーの方に向けて立てるルーティンを行った。
「良いよ、全球種を駆使して俺に投げてこいよ。今回は決め球要求なんかしないで挑んでやるよ」
「この野郎……」
麻布は駄覇の挑発的な態度に対して反論をしようとしたが止めた。先程ベンチで安い挑発に乗るなと姉さんに指摘されたばかりに他ならない。
「麻布」
そんな中、スイッチの入った赤坂が珍しく口を開いた。
「早く構えてサインをくれ。今の良い調子のままで駄覇に投げさせろ」
「ハハ……良いじゃん。やる気満々じゃねーか」
駄覇は赤坂の発言でより燃えているのか、笑いが止まらない様子だった。彼はやる気満々でバットを構え、ボールを待った。
――シュゴォォォォォォォ!!!
――スパァァァァン!!!
「ボール!!」
アウトローの素晴らしいストレートだったが、コースが僅かに外れた。選球眼も素晴らしい駄覇は、バットをぴたりと止めていた。
赤坂は際どいコースをボール判定されても顔色を一切変えず、無言で返球を急かしていた。
赤坂はサインに頷き込み、すぐに投球動作へ移った。
――シュゴォォォォォォォ!!!
――パキィィィ!!!
インコースのストレートを振り抜いた駄覇の初球攻撃は火の出るようなライナーとなり、ライト線を襲った。しかし僅かに切れてファウルとなった。
「ハハ、良いボールじゃねぇの」
駄覇は嬉しそうにバットを拾い上げた。
今のファウルを見て、麻布は少し違和感を覚えていた。
『第一打席、あれだけ上手くインコースを弾き返した駄覇がミスショットした……!?』
初球のアウトローが効いているのか、赤坂の球威が駄覇にアドバンテージを取れているのか不明だ。しかし、確かに駄覇は先程ヒットを放ったボールより少し甘いコースにも関わらず捉え損ねていた。
『今の赤坂の球威なら、内外を上手く駆使すればワンチャンあるか?』
麻布はもう一度インコースを要求した。次はボールでも構わないのか、より厳しいコースに構えた。
――バシィィィィ!!!
「ボール!!」
三球目のインコースは少しだけ外れてボールとなった。駄覇はあと少し外れたらデッドボールのコースにも関わらず、体勢が仰反る事はなかった。
『どうなってんだよ、コイツの選球眼。フツー左のサイド対左で今のボール投げられたら仰反るだろ』
麻布は駄覇の規格外のバッティングセンスに困惑していたが、赤坂のリズムを崩さぬ様、すぐに返球した。
『だが今は内外で勝機を見出すしかねェ。次はコイツだ』
麻布は内のボールコースからストライクに入り込むスライダーを要求した。左サイドスローの赤坂にとって、対左の切り札であるボールである。
『さっきはファウルで散々逃げられたが、今の赤坂のキレならワンチャンある……』
『今はそのワンチャンに賭けるしかねーんだよ!!』
麻布は力強くミットを構えた。
赤坂は投球動作へ移った。大きく体を捻り、パワーを溜め込んでいる。背番号がキャッチャー視点からもハッキリと見える。これは赤坂のベストボールが来る予兆でもある。
「ふしっ!!!!」
赤坂の左腕が鞭の様にしなった。
『来た、バックドア!! 完璧なコース!!』
麻布の目には、少し遅れてバットを振り始めている駄覇の姿が横目に映っていた。
『よし、無様に詰まりやがれッ!!!!』
――キィン!!
駄覇は鋭い腰の連動で何とかバットを間に合わせ、強いゴロを放ち、ピッチャー赤坂の足元を襲った。
「避けろ!!」
麻布が即座に声を出した。
――ドスッ!!
しかし打球は赤坂の右足に直撃した。打球は赤坂の少し後方に勢いなく転がっていた。
「ショート急げ!! すぐ投げろ!!」
麻布が慌てて指示を出す。
「俺のボールだァァァァァァァァァ!!!!!」
突然、赤坂が声を荒げ、ボールを素手で握り込んだ。そして急いで一塁へ転送した。
体制が悪い中投げた送球はワンバウンドになったが、ファーストが上手く捕球した。
「――アウト!!!」
一塁塁審がアウトを宣告した。
「っしゃああああああああああああああああ!!!!!!!」
赤坂は、まるで甲子園を優勝したピッチャーかの様にその場で雄叫びを上げた。
六回表 ワンナウトランナーなし
明来 二対二 蛭逗
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