第百八十九話 ベンチ乱入の件
月日は流れ、夏の全国高校野球大会の地区予選、三回戦当日を迎えた。
明来野球部の面々は、前の試合のチームからベンチを空けてもらうのを通路口で待っていた。
しかし、明け渡しに少し時間がかかっていた。前のチームがサヨナラ負けでこの夏を終えてしまったのだ。
「……次のチームが待っている。早くベンチ空けろ!」
前のチームのキャプテンと思わしき選手が、目の周りを真っ赤にしながらも、他の選手たちに注意を呼びかける。
しかしそんな声は聞こえていないのか、ベンチの中では各々悔しさを隠すことなく、全面に出していた。
仲間と抱き合って泣いている者。黙ってグラウンドを見続けている者。鼻を啜って何とか平然を装おうとするも、拭えど拭えど目から熱いものが滴り落ちる者。反応は様々だ。
キャプテン風の選手と守たちがすれ違う。彼と守は目があった。
「……俺たちの分も頑張って下さい。」
キャプテン風の選手は守の目を見てエールを送った。
「……はい、頑張ります!」
守はその言葉に対し、真摯に答えた。
廊下からベンチに足を踏み入れた。球場の熱気が肌を突き刺す。いつになってもこの緊張感は慣れないなと守は感じていた。
「よーう、元気してたかよ?」
守はその声に驚いた。なんと明来のベンチに赤坂と麻布が入ってきていたのだ。足を伸ばし、前のベンチに乗せていてとても行儀が悪い。
「何勝手に入ってきているんだ! お前らのベンチはあっちだろ」
青山が怒りをあらわにしていた。
「あーん? ってお前この前の鼻折野郎じゃねーか」
「ってその鼻縫ったのかよ。見ろよ麻布、マジ草だろ」
「ウケるわ。まぁ俺らのおかげで少しはイケメンになったんだ、感謝しろよ」
赤坂と麻布はゲラゲラと笑っていた。青山は肩を震わせて今にも殴りかかろうかという状況だったが、何とか堪えている様だ。
「あ、そうそう。俺ら大事な用があってわざわざ足を運んでやったんだわ」
赤坂は思い出した様に発言した。
「お前、明日から暇だろ? 試合後俺らとカラオケ行くべ?」
赤坂が瑞穂を指さした。
「白川瑞穂。どっかで見たと思ったらお前モデルやってんのな。滅多に出ねーみたいだけど、お前が載ると売り上げが倍になるとかでネットでバズってたわ」
「ウチの猿どももお前のファンが結構いるみたいでよ? 奴ら、色々とお世話になっているみたいだから代表としてお礼言っておくわ」
守は赤坂と麻布の嫌らしい目を見て、心底気持ち悪さを感じていた。
そんな彼らを尻目に、駄覇は蛭逗バッテリーの前を横切った。
「おめぇ、西東京シニアの駄覇だな。シニアん時の仮は返すぜ」
赤坂が駄覇に声をかけた。
「あんたら誰?」
「オメェんとこの東雲と同じシニアの人間だよ。覚えてんだろ?」
「いや、格下は興味ないんで」
「……!! 何だとテメェ!!」
赤坂が駄覇の言葉にブチ切れた。
「まぁ、あん時の試合、お前ら完全にお荷物だったからなァ」
後ろから東雲が機嫌良さそうに話に割り込んだ。
「あの試合、ヒットは俺様の一本だけ。で、ピッチングも2失点完投。俺以外コイツに手も足も出てなかったよな」
東雲はドヤ顔で自慢話をした。
「二打席目以降は全三振だっただろ、粋がるなよ凌牙」
「あ? 俺の球捕る以外クソの役にも立たなかったお前が言うか?」
東雲と麻布が今にも殴りかかる勢いで睨み合っている。
「……だから俺は東雲さんのことすら覚えてねーんだって……」
駄覇は聞こえない様に呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます