第百八十四話 それぞれの役割な件

 東雲は上杉監督に食ってかかっていた。


「千河なんかコントロールだけだろ? 千河なんかじゃちょっと強い所の奴ら相手だとバッピだぞ!!!」


 東雲は自分がエースナンバーに選ばれなかったことに不満があるようだ。


「強豪相手には必ず俺の力が必要なはずだろ! 俺のピッチングは必ず通用する!! だから――」


「勿論、貴方の力なくして甲子園に行けるとは思っていませんよ」


 突然、上杉監督が切り出した。


「貴方の力強いピッチングは勿論、格上のチーム相手でも、まるで上から見下ろしている様にプレイできる強気な性格。これは教えてできるものではありません」


 上杉監督は話し続ける。


「ただ、予選は強豪だけが相手ではありません。我々と同じ、または少し下のチームも沢山あります。全体のバランスで考えた時に、一番試合の計算ができたのが千河君でした」


「……」


 東雲は黙って話を聞いていた。


「勝てる可能性が見込みやすい相手には確実に勝っておきたい。そして爆発力はできる限り秘めておきたい。そう考えた時に千河君の先発が多くなると考え、エースナンバーは彼に託しました」


「……ピッチングで俺が奴に劣っていると言う訳ではないんだな?」


 東雲は上杉監督に確認した。


「勿論です。コントロールでいえば千河君が圧倒的ですが、投げるボールの威力は東雲君の圧勝です。千河君自身もそれは重々自覚していますよ」

 

 上杉監督は数日前のことを思い出していた。監督室に守を呼んで話をした時のことであった――



「……私の役割は大会の前、中盤のチーム相手にゲームを作ることですか」


 守は少し不満げに答えた。自分は強豪相手に通用しないと言われている様に感じたからだろう。


「千河君……これは貴方が思っている以上に大切な役割ですよ」


 顔を顰めた守の方を見て、上杉監督は話し続けた。


「甲子園常連チームが大会序盤で負けてしまうことも少なくない。それほど高校野球全体のレベルは上がっています。甲子園に行くためには、まず勝てる土台、基礎を固める必要があります」


 上杉監督は話し続けた。


「貴方の制球力はチームに流れを引き寄せます。特にライバルの東雲君は、一層やる気になるでしょう。貴方のピッチングはチームプレーそのものなんですよ」


「……悔しいけど、強豪相手には良い時の東雲が必要。それは私にもわかっています」


「はい。東雲君のピッチングは安定感に欠けますが、一つだけ確かなものがあります。貴方が良いピッチングをした後に投げる彼は、物凄く調子がいいんです」


 上杉監督の言葉に思い当たる節が多々あり、守は確かにといった表情を浮かべた。


「その日のリリーフでも、その次の日の先発でも、彼はその前に投げていた千河君のピッチングを振り返り、それに刺激されるようですね」


「……わかりました。私がうまくバトンを繋いでみせます」――



「おい、聞いてんのかよ監督」


 東雲が上杉監督を呼ぶ。


「……あぁ、スミマセン。一瞬考え事をしていました」


「人が真面目な話をしている時に物思いに耽ってるんじゃねぇ」


 東雲は溜息を吐いた。


「俺の役割は強豪相手へのピッチング。序盤のザコどもは基本千河に託すってことで良いんだな」


 東雲は上杉監督に確認した。


「そうです。これは貴方にしかできない役割です」


「仕方ねぇ、乗ってやるよ。口だけだったらマジで許さねぇからな」


 東雲は諦めたかの様に答えた。


「ちなみに、駄覇の奴は使わねーのかよ。安定感って話で言えばアイツだって使えんだろ」


「流石は東雲君。ちゃんと選手が見えていますね。駄覇君にもまた、役割は考えています」


「どんな役割だよ」


「……今は秘密です」


 上杉監督はいつものヘラヘラした態度に戻って、話をはぐらかした。

 

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