第百八十二話 エースナンバー争いな件
月日は流れ、夏の予選、組み合わせ抽選会が間近に迫っている頃。
明来野球部、一部メンバー内ではなんとも言えない緊張が走っていた。今日が夏大の背番号発表の日だからである。
緊張感が走っているのはピッチャー陣だ。明来野球部のピッチャーは守、東雲、駄覇の三名がおり、特に誰がエースナンバーを背負うのか、さまざまな憶測がなされていた。
守はそのずば抜けた制球力で、練習試合でも安定したピッチングを続けている。ただしどうしてもスピードが遅いため、圧倒的な結果を出している訳ではなく、及第点の投球である。
東雲は間違いなく、今最も成長を遂げている選手である。球速も一気に上がり、百五十二キロを叩き出す。ノッている時の投球は正に圧巻だ。ただし、安定感は今ひとつである。
駄覇に関しては練習試合での登板自体が無いため、候補としては薄いだろう。ただ投球練習、バッティングピッチャーをしている時の彼の安定感は素晴らしい。スピード速く、コントロールも安定しており、バランス良くまとまっている。
以上の観点から、守か東雲、どちらがエースナンバーを手にするか論が彼、彼女に気がつかれないように繰り広げられていた。
当然、当人たちもその件は相当シビアに気にしているようで、正にバッチバチの関係である。
双方、相手が練習試合で良いピッチングが行われると、それに火がついて自身のピッチングにも好影響を与える、理想のライバル関係となっていた。ただしそれは本人たちは全く自覚していない。
――ズパァァァァ……!!!
「……ナイスボール」
駄覇の予め構えられたグラブの位置が全く動かない。守得意のアウトローが炸裂した。
「ハッ、百二十二キロォ? いくらコースに投げてもそんな遅球、簡単に打ち返されるにきまってんだろ?」
スピードガンを持った東雲は笑いながら守を煽った。
――ズパァァァ!!!
「かーっ、百十九キロ。キャッチボールじゃねーんだぞお前」
東雲が話しながらマウンドの方へ歩いてきた。
「ほら、二十球投げただろ。交代交代。速い球の投げ方を見せてやっから」
東雲がポイッとスピードガンを守にトスした。守は何とかそれをキャッチした。
「おい、スピードガンを大切に扱えよ! 高いんだぞ、たぶん!」
守は呆れた様子でキャッチャーの奥に立てたネットの裏に回り、スピードガンを構えた。
「速い球ってのは……こーやって投げんだよッ!!!」
東雲は全体重を前方に向けて解き放った。
――ズパァァァァァァァァァ……!!!
「……ナイスボール」
駄覇は腕を真上に伸ばした位置で捕球した。
「……百四十九キロ」
「まー初球にしてはまぁまぁだな! おら、次もストレートだ」
東雲は早くボールを返せという感じで、駄覇に向かってグラブをパカパカ開閉していた。
「ボールが高いよ東雲。そんなボール誰も振ってくれないぞ。もっと実践を意識して低めに投げろよ」
「あぁ!? 球が速けりゃ分かってても振っちまうもんだろーが!!」
東雲はボールを受け取ってすぐに投球フォームに入った。
「ウラァッ!!!」
――ズパァァァァァァァァァ……!!!
「痛って……高いっす」
二球目も高めに浮いた。
駄覇が何とか捕球していたが、球が浮きすぎて上手く捕球出来なかったようだ。
「東雲! ちゃんとストライクを意識して投げろよ! 駄覇も大変なんだぞ」
「っせーな。今の球何キロ出てたんだよ」
「……百五十キロ」
守は悔しそうに答えた。
「実践だとこれくらい荒れている方が打たれねーだろ? バッターがビビって踏み込めねーんだよ」
「だけどこんな調子だと待球作戦で自滅だよ」
守と東雲の言い争いは日常化しており、駄覇や不破はそれを半ば呆れながら静観することが日課となっていた。
「みなさーん、集合してくださーい」
ベンチの前で上杉監督が招集をかけた。
――ドキッ
守は直感していた。これから背番号の発表であるということを。
予想通り、奥から瑞穂が紙袋を持って監督の横についた。あの中に背番号が入っているのだろう。
そして程なくして、監督の前に選手が集合した。
「みなさん、練習お疲れ様です。さて、夏の予選、抽選会も間近に迫っていることですので、背番号を発表しようと思います。ワーパチパチ」
上杉監督のテンションとは裏腹に、メンバーは静かに立っていた。守はというと若干イラッとしていた。
「あら、みなさん緊張しているのかテンションが低いですねー。まぁ仕方ないでしょう」
上杉監督は咳払いをして続けた。
「さて、では早速発表していきますよ」
――ドキッ!
再び守の中で緊張が走る。何故なら背番号はエースナンバーから発表されるからである。ものの数秒で自分が一番を付けられるかが決定する。
「背番号、一番……」
――ドキドキドキドキ……!!!
守は胸の鼓動が速くなっていることを実感していた。
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