第百七十四話 不破の集中力の件
カチッ……カチッ……
パソコン室は不破のクリック音だけ鳴り響いていた。彼は淡々と、顔色ひとつ変えずにマウスを動かしていく。
不破の母はその様子を静かに見守っていた。ただうちに秘める想いは相当なものの様だ。
『盾……貴方の野球人生はここまでよ。前回IQ百九十を出した時と比べ、圧倒的に勉強時間が少ないのだから、過去最高点なんか取れる訳がないわ』
不破の母は思わずフフフと笑みをこぼした。それを上杉監督はニコニコと眺めていた。
「何か可笑しいことがありました? 上杉監督」
その視線に気が付いた不破の母が上杉監督に問いかけた。
「いえ……お母様も不破君の最高得点更新にワクワクしているご様子で」
上杉監督の言葉に、不破の母は思わず舌打ちをしそうになった。
『このアロハグラサン……思ってもない事を。そもそも季節感がないのよコイツ』
そんな思いを押し殺し、彼女は口を開いた。
「えぇ。親としてこの成長を願うのは当然です。ただ、それを願うのには余りに準備時間が短いかと考えています」
彼女もまた、自身がこれっぽっちも思っていない綺麗事を口にしていた。二人の間に見えない火花がバッチバチにあがっていた。
「おっと、話し声が聞こえると不破君の邪魔になりますね」
「その心配には及びませんわ」
上杉監督の心配を、不破の母はスナップで否定した。
「盾の集中力は天性のものよ。ひとたび目の前にある問題の答えを出す事に神経を注ぐと、周りの音は一切聞こえないわ」
「ほう、そうなんですか」
「過去にある会社が実験をしたわ。盾の頭脳なら普段満点を取れるレベルの試験を解かせた。そして彼が集中モードに入ってから、突然大音量で音楽をアルバム一枚分流し続けたの。そんな状況でも彼は難なく満点を叩き出したの」
「ほう、それは凄いですね」
「試験が終わってから研究員が聞いたの。雑音は回答に影響が出たかと。ただ彼の答えは、音楽が流れていることに気がつかなかっただったわ」
「それが、盾が九歳の時の話よ」
……カチッ……カチッ。
一定のスピードで発せられていた不破のクリック音が止まった。
「試験、終わりました」
不破は普段と変わらぬ様子で答えた。これから彼の野球人生を決める、試験結果が発表されると言うのに非常に落ち着いている様子だ。
「お疲れ様でした。では早速、試験結果を表示致します」
不破に代わって上杉監督がカーソルを動かした。
……カチッ……カチッ
間もなく、試験結果が画面に映し出されたのであった。
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