第百六十三話 進塁打への意識が高い件

 ――キィィィィン!!!


 駄覇はツーボールからの甘いストレートを捉えて、センター前に運んだ。


「ストップ!!」


 サードコーチャーの兵藤が、氷室を静止させた。センターから中継に完璧な送球が返ってきていた。

 これで駄覇は三安打、猛打賞の大活躍。流石は中学MVPといった奮闘ぶりである。



 打席には六番、途中交代の不破に代わって守が入ることとなる。

 ノーアウト一、三塁。どんなサインが出てもおかしくない。守は注意深く上杉監督を凝視した。


 ――サインは盗塁。

 一、三塁のセオリー通りの攻め方だ。三塁ランナーのホーム侵入リスクがあるため、基本的に一塁ランナーの盗塁は成功しやすい。

 ただピッチャーは左投手の為、スタートは切りにくい。かつ氷室の足は速くないため、二塁ランナーの駄覇を刺しに来る可能性も十分にある状況である。



 ――そんな不安をよそに、駄覇は完璧なタイミングでスタートを切った。


「ストライク!!」


 若林は二塁へ送球はせず、三塁ランナーの方を警戒した。氷室はすぐさま三塁へ戻り、駄覇は楽々二塁に進塁した。


「クソッ……上手すぎだろあの一年」


 若林がボソッと呟いていた。それだけ駄覇の走り出しが完璧だったのである。


 守は二球目のサインを確認した。サインはスクイズだった。



『スクイズ……キタ〜ッ!!!』


 守は頭の中で叫んだ。想定内のサインではあるが、いざ出されると当然緊張してしまう。


 三塁ランナー氷室の足を考えると、転がした場所によってはホームでアウトを取られてしまう。


 そこで守は狙いを定めた。


 狙いは――サード方向へのスクイズだ。


 理由は簡単。三塁ランナーがいる為、サードの選手は投球までの間はサードベースに張り付くことが多い。

 ベースを開けてしまうとそれだけ大きくリードを取れる。スクイズや内野ゴロによるホーム侵入のアシストになってしまうのである。


 守はバントには自信がある。不破と山神には劣るが、チーム内でもかなり上手い。

 それは彼女自身が、バットではチームに貢献するのが難しいことを自覚しており、進塁打への意識を高く持っている為である。


 女子野球では守はクリーンナップだった。今でもバッティングは大好きだ。ただ、男子の中で勝つ為には黒子に徹する必要性があるのだ。


 守は普段通りの動作から、バットを静かに構えた。



 六回裏 ノーアウトニ、三塁


 皇帝 ゼロ対ニ 明来

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