第百六十二話 中学MVP thinkingな件

「まず先頭、代打の右バッターに対して、何故釣り球を要求したと思うっすか?」


 駄覇は守に問いかけた。


「振ると思ったから?」


「何故?」


 駄覇は間髪入れずに問いかけた。


「……わからない」


「振ると思ったからのは正解っす。ただここで大事なのは、何故あのバッターが振ってくると思ったのか、ですわ」


「……代打なのと、プレッシャー?」


 守は考えながら答えた。


「お、悪くない考え方っすね。まぁ良いですよそれで」


 駄覇は相変わらず生意気な口調だが、意外にも丁寧に説明してくれた。



「あの人、確か二年生なんすよ。二年で二軍の代打、つまり試合でアピールするチャンスが限られてる訳ね」


「うんうん」


「代打の鉄則は初球から積極的に行く。だと思うんすよね。現にベンチからもそんな声が出てました。で、千河さんの球は速くない。自身のパワーには自信がある。だから高めのボール球でも多少強引に振りに行ってしまったわけ」

 

「なるほど、だから初球からあんなサインを……」


 守は駄覇の説明に納得していた。


「初球のボール球を振った事で、彼は勝手に追い込まれます。貴重なストライクをボール球で取られてしまった。変なボールは振らないようにしないと、と思った。だから次はボールからストライクになるスライダーで見逃してもらったんす」


 駄覇は続けた。


「追い込んだら、もう勝ち確。際どいボールでもカットしなければならない、結果を出さなければならない。こんな思考のバッターにストライクを投げる必要はないっしょ」


 これが駄覇が考えた、代打の選手を攻略した思考法だった。



「で、次の一番。あの人は二軍の中心選手であり、一番打者のキャッチャー。前の打者が三球で終わった手前、初球からアウトになるわけにはいかない、と考えたはずです。だから初球ど真ん中でストライクを取って、メンタル的に追い込みをかけました」


「若林くんが、絶対に振らない確信があったんだね」


 守は駄覇に問いかけた。


「ありました。あの雰囲気の中で振りにいける打者なら二軍にはいないと思いますよ」


 確かに皇帝正捕手の太刀川だとそんな場面は想像ができないな、と守は考えた。


「後は簡単。二球目は多少強引にでも振るだろうから高めのボール球。そして締めは低めに沈むチェンジアップで終了ってわけです」


 駄覇はそう言いながら、ヘルメットを被り、バッティング手袋に手を通した。



「こうやって相手の立場、ベンチの声などからリードを考えるのも面白くねっすか。じゃあ俺はネクスト行くんで」


 駄覇はそのまま、ネクストバッターボックスに向かった。



 ――キィィィィ!!!


 先頭の氷室が快音を鳴らした。打球は左中間真っ二つ。彼は悠々と二塁に到達した。



 打席には、駄覇がゆっくりと向かっていた。



 六回裏 途中 ノーアウト二塁


 皇帝 ゼロ対ニ 明来

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