第百五十話 野球選手にとって一番大切な要素な件
四回表ワンナウト、ランナー三塁。皇帝学園はこのランナーが帰れば同点の場面である。
明来としては、この回ゼロ点で切り抜けたい。
何故なら皇帝のピッチャー中谷のエンジンがかかって来ているからだ。
打席には四番の神崎が立っている。ランナー無警戒で投げる東雲を他所に、二盗、三盗とストライクを見逃してアシストしていた。
「クソが。一球あれば充分ってか? 舐めやがって」
東雲がマウンド上から神崎を睨みつける。
一方で神崎の表情は、まるで彼が羨しいような眼差しで東雲を見つめていた。
対して不破の表情は浮かない。彼としてはストレート一本で、同点のランナーを任せられた神崎を抑えるイメージが想像できないのだろう。
『頼む……せめてボール球を混ぜてくれ』
不破はキャッチャーミットをアウトコースの、ストライクゾーンより外れたコースに構えた。
――ただ、彼のボールはややインコースよりのストライクゾーンに吸い寄せられていた。
『やばい!!!』
不破は半ば諦めながらミットをそこへ移動させた。
――キィィン!!
『!!!!』
不破は慌てて打球を目で追った。神崎の一打はレフト方向へグングンと伸びている。
――打球は僅かにポールの左、つまりファウル側へ吸い込まれた。それを見て不破は思わず息を吐いた。
「あぁ……惜しい」
「良いぞ神崎、捉えてる捉えてる!!」
皇帝学園のベンチは、より一層盛り上がりを見せた。
「不破ァ!! ちょこまかと動くな!! 俺が適当に散らすから黙って真ん中構えてろ!!」
東雲が鬼の形相で不破に指示を出した。
『ふざけやがって……何で俺がこんな博打に付き合わなくちゃならないんだ』
不破は諦めて腰を落とした。
『東雲はメチャクチャだ。ピッチャーとしての武器はどれも一級品だが、あまりに無謀すぎる』
「大変そうだな」
不破の思いを察したのか、神崎が声をかけた。
「どうもアイツは、お前を自分の力で抑えないと気が済まないらしいぜ」
「ははは……良い気概だ。俺は東雲が本当に羨ましいよ」
「はぁ?」
不破は意味がわからなかった。何故神崎の様なスターが東雲を羨ましがるのか理解できなかったからだ。
「自分の力を、誰よりも信じられる気持ちの強さ。野球選手にとって一番大切な要素だと思わないか?」
「アイツのは過信でもあるけどな」
「今はそれでも良いんだ。どんな状況、どんな相手でも、萎縮せずに自分の全てを引き出せるハートの強さ。ピッチャーの俺には出来なかった才能を東雲は持っていると確信しているよ」
不破にとって、神崎の考えは意外な思考だった。
名門皇帝学園において一年生から主力で活躍し、今や全国でも名が通っている神崎。そんな彼が東雲をリスペクトしている事実は、不破の豊かな思考回路から導き出すことができない答えだったからだ。
「お前……変わってるな」
「はは……ある程度のピッチャー経験者は、みんな変わり者だよ」
不破は神崎との会話を通し、少し気が晴れた様な気がした。
四回表 途中 ワンナウト三塁
皇帝 ゼロ対一 明来
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