第百四十九話 バッターだけに集中する件

 三回表、皇帝学院の攻撃。


 ピッチャー東雲はツーアウトからフォアボールでランナーを出すも、一番の若林をセカンドゴロに打ち取った。



 ――そして三回裏。




 ――ギュィィィィィィィン!!!




 ――ズパァァァァァァ……!!



「ストライク、バッターアウト!!」



 完全にスイッチの入った中谷の前に、一番兵藤、二番山神、三番東雲、全員三振に倒れてしまった。

 明来にとって理想的な打順からの攻撃だったが、中谷のボールはその思惑を制圧した。



「クソッ!!!」



 東雲が、今度はヘルメットをベンチに叩きつけようとしたが、不破がその腕をしっかりと掴んだ。



「だから道具に当たるな。切り替えろ」



「一々何だよテメェ。普段空気なくせに今日はヤケに粋がるじゃねーか」



「誰のせいだと思ってるんだ。そんな調子でこの回神崎を抑えられるのか?」



 四回表は二番バッターから始まるため、四番の神崎に打順は回ってくる。



「あたりめーだ。まずはザコ二匹を速攻で抑えるぞ」



 東雲は瑞穂からグラブと帽子を受け取り、ヘルメットを預けてマウンドへ向かっていった。




「お前がしっかりしてくれなきゃ困るんだよ……俺には時間がないんだ」



 東雲の背中を見ながら不破は独り言を呟いた。



「時間……?」



「何でもないよ、気にしないで」



 不破は瑞穂にそう言い残してグラウンドに向かっていった。




 ――キィィン!!



「チィッ!!」


 

 東雲は舌打ちをした。

 

 甘く入ったストレートを三番バッターに捉えられて、打球をレフト前に運ばれた。ワンナウト一塁、今日初めて打たれたヒットだった。



「四番、ファースト、神崎君」


 

 神崎が打席に向かってきた。一打席目とは比較にならないほどの気迫を不破は感じていた。



『打たれる』



 不破は直感した。

 同点のランナーがいる。前の打席のフラストレーションもある。東雲のストレートに対応できている。そして東雲は変化球を投げるつもりがない。不破は打ち取れるイメージを抱けずにいた。



「この打席もオールストレートだ。黙って座ってろ」


 不破が立ち上がり、マウンドへ向かおうとした瞬間での一言だった。またしても東雲が全球ストレート宣言をしたのであった。



『もう知らねぇッ!!』



 不破は諦めてミットを構えた。



 東雲はセットポジションから投球フォームへ移った。



「走った!!!」



 ファーストの青山が必死にランナーのスタートを伝えたが、東雲は気にすることなく投球動作を続けていた。



 ――ズパァァァ!!



「ストライク!!」



 不破は二塁転送を諦めた。東雲はクイックすら使わず、ただ自分のベストボールを投げることだけに集中しているようだった。



「スチール!!」


 

 二球目、今度は駄覇が声を出した。二球連続の盗塁。東雲がランナーを気にしていないことはバレバレだった。



「ストライク!!」



 不破はまた送球を諦めていた。


 これでワンナウト三塁、犠牲フライでも同点の場面となってしまった。



「おいおい、手が出ねーのかよ」



 東雲はボールを受け取りながら神崎を煽った。


「まさか。ただでランナー三塁まで進ませて貰えるんだ。見逃すよ」



 神崎も一球あれば十分といった表情をしていた。



「舐めんじゃねぇよ……ムッツリヤローが」



 東雲はセットポジションから、ゆっくりと投球モーションに入った。



 四回表 途中 ワンナウト三塁



 皇帝 ゼロ対一 明来

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