第百三十七話 先発は譲れない件

 ――そして合宿の最終日、皇帝二軍との練習試合当日を迎えた。明来ナインはグラウンドで各自アップをしていた。


 合宿は連日ハードなスケジュールをこなしていて、疲労感は表情を見ても明らかだった。


 ただ、そんな中で約二名、闘志を燃やしている人間がいた。守と東雲だった。


 守は去年の練習試合で見事に打ち崩され、夏の大会では好投するも体力が持たなかった。彼女にとって因縁の相手である。


 もう一人の該当者、東雲にとって皇帝は元母校である。

 彼は一年生内では実力者ではあったが素行が悪く、チームから孤立していた。元チームメイトとは喧嘩別れの様になっているのだ。彼にとっても因縁の相手であるのは間違いない。



 

 ――前日の夜。


 東雲が上杉監督の部屋にノーアポで訪問していた。



「単刀直入に言う。俺を明日の先発で使え」


 監督に対する言葉遣いとしては零点だが、彼の顔は本気だった。



「千河のスローボールじゃあバッピ確定だろ。明日こそ絶対百五十キロ出してやるから俺に任せろ」


 東雲の言葉を聞き、上杉監督は嬉しそうに笑った。



「ハハハハハ……全くウチの投手は頼もしい限りです」


「話が早え。じゃあ俺が先発な。完投する予定だから千河はどっかで適当に使えよ」


「実は千河君からも練習後、先発完投の直訴が来たんですよ。二人とも素晴らしいメンタルです」


 上杉監督はずっとニヤニヤして話していた。


「ハァ!? あのバカ、何を先走ってやがる。直訴だぁ? 自分の実力を客観視できてねーのかよ!」


「東雲君。確かに君はここ最近で更に良くなった。総合力は駄覇君すら凌ぐ、ナンバーワンですよ」


「だろ? じゃあ先発は俺様に決定だな」


「ですが千河君も負けてません。課題のスタミナも冬の走り込みでかなり改善しましたし、コントロールは相変わらずピカイチ。安定感は千河君がナンバーワンです」


 上杉監督のニコニコした表情とは真逆に、東雲は眉間にシワを寄せていた。


「ただ、私も試してみたいと思っていました。東雲君の先発、そして千河君のリリーフを」


「……」


 東雲は不機嫌そうに考え込んだ。



「俺が五回以上だな?」


 東雲が上杉監督に確認する。


「ええ、東雲君が五回、千河君が四回で考えています」


「出来によっては?」


「基本は予定通りですが、内容次第では予定以上、以下はあると思います」


「……なら仕方ねえ。それで飲んでやるよ」




 ――東雲は、そんな昨日の会話を思い出していた。



『見てろよ……皇帝の二軍なんてねじ伏せて完投してやる……。千河、テメーは指咥えてマウンドを眺めてやがれ』


 東雲は不敵な笑みを浮かべ、守を睨みつけた。守はいつも通りの威嚇だと思ったのかスルーした。


「皇帝学院さん、いらっしゃいましたー!」


 瑞穂がグラウンドに案内をしていた。


「ちわっ!!」


「ちわっ!!」


 皇帝の選手たちが続々とグラウンドインしていく。



 そんな中、想像外の選手がグラウンドに入ってきた。


 

 皇帝の至宝とまで言われる神崎が、ユニフォーム姿でグラウンドに入ってきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る