第百三十三話 身体に覚えさせる件

「ふっ!!」


 ――ぼふっ。


 東雲が投げたボールはキャッチャー不破の奥に設置されているバッティングネットの中に吸い込まれた。


「クソ!! またネットかよ」


 東雲は目隠しを外しながら地面を蹴った。


「ふっ!」


 ――バシィッ!!


「どう? アウトローのイメージなんだけど」


 守も目隠しを外して、キャッチャー駄覇のミットに注目した。彼のミットはまさにアウトローでピッタリと停止していた。


「いいっすね。ドンピシャ」


 駄覇は淡々と感想を述べ、自身も目隠しをつけた。


「右バッターのインロー」


 駄覇は強く腕を振り、守へボールを投げ込んだ。


 ――バシィッ!!


 駄覇は無言で目隠しを外した。


「惜しいー! ちょっと真ん中かな」


 守のグラブはホームベースの真ん中あたりで停止していた。


「チッ……」


 少し悔しいのか、駄覇は静かに舌打ちをした。


「てかよー、目隠しつけてピッチング練習して何の価値があるんだよ!! 試合で目瞑って投げねーだろーが」


 東雲がイライラしながら声を荒げた。


「東雲って黙って練習できないの? 上手くいかないからってイライラしてさ」


「ウルセーな千河!! 俺はテメーと違って球速えーからストライクに入れさえすればいーんだよ!!」


 またしても守と東雲が口喧嘩を始めてしまった。毎度の光景であり、よく飽きないものだと駄覇と不破は呆れていた。


「東雲君、この練習に不満ですか?」


 突然上杉監督が話に入り込んできた。


「あぁ不満だね!! コントロールっつーコイツらの数すくねー取り柄でマウント取らせる為にしか思えねーな」


 東雲が腕組みして不満を撒き散らかしている。


「この練習の意味は、フォームを真の意味で身体に覚えさせることにあります。いつでも心技体ベストな状態で投げられるわけがありません」


「何処か調子が悪い、そんな時でも俺は目を瞑ってもコースに投げられる。身体がアウトローに投げるフォームを覚えている。これは心の支えになりますよ」


 上杉監督が練習の意図を伝えた。といっても瑞穂が考えたメニューの補足説明をそのまま伝えてるだけなのだが。


「いつものアウトローを身体が覚えてるはずだ。身体の感覚を信じろってことですか」


 不破が補足を加えた。その言葉を聞いていた東雲が何か震えていた。


「おい不破……もう一度その言葉を言え」


「……いつものアウトローを身体が覚えてるはずだ。身体の感覚を信じろ」


 不破が同じ言葉を続けた。


「……仕方ねーな。もう少しだけ取り組んでやるよ。早く座れよ、不破」


 東雲は何故か機嫌を直し、目隠しを装着した。


「流石は不破君。選手の好みすら全て頭に入ってますね」


「え……今の言葉になんの効果が……」


 上杉監督の言っていることが、守には理解できなかった。


「スラ○ダンクの名台詞を真似たんですよ。東雲君のバイブルらしいので」


「あぁ……なるほど」



 不破のお陰で東雲はすっかり機嫌を直し、無事目隠しピッチング練習が再開されたのであった。

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