第百二十九話 合宿が企画されている件

 四月末。


 スギ花粉もだいぶ落ち着き、多くの花粉症者が少しずつ元気を取り戻してくる頃、明来野球部は放課後練習に取り組んでいた。


 入学当初は一切練習に出てこなかった駄覇も、轟大学との練習試合以降は毎日練習に出てくるようになった。

 理由は轟大学の若井監督が上手く説得してくれたことが大きい。

 ――そして駄覇自身が明来野球部のことを少しだけ認めたのだと思われる。たぶん。


 駄覇のチーム合流以降、練習試合をいくつか組まれたが連戦連勝だった。守は怪我の治療、リハビリ優先のため試合出場禁止とされた上での成果なので、チームレベルが一段階上がったと言えるだろう。

 特に東雲は試合に出れない守を尻目に投打にわたって活躍していた。


 他の選手たちも大学生との試合経験が大きかったようで、各々自分の色を出したパフォーマンスを発揮していた。

 山神は変わらずの安定感だが、兵藤は明らかに轟大学との試合以降、成績が右肩上がりになっている。


 そんなチーム状態のなか、上杉監督は全員に重大告知をした。



「が……合宿!!??」


「はい、ゴールデンウィークの期間で合宿をします」


 実は明来野球部はまだ合宿をしたことがなかった。戦力が整ってきた今だからこそ、夏に向けて更なるレベルアップを図る考えだ。


「場所は!? 当然温泉とか海とかあるんだよなぁ!?」


 東雲が前のめりになって上杉監督に問いかけていた。


「バカじゃないの? 遊びに行くんじゃないんだから」


「はァ!? うるせぇな怪我人!! お前の貧弱な足首だって温泉で癒されればちったぁ回復するかもしれねーだろ!!!」


「残念でした、もう治ります! お医者さんからも明日から復帰して良いって言われてますっ!!」


 守と東雲が口喧嘩を始めてしまったので数名で止めにかかる。彼らが仲良くなる日があるのか、まるで想像ができない。


 ただ、口では否定したが守も内心合宿先は楽しみでいた。田舎特有の澄んだ空気、綺麗な景色、美味しい食べ物、そして温泉――。


『ハッ!!??』


 合宿への思いを寄せていた守だったが、突然何かを思い出したかのようだった。


『部員と同じ宿の温泉――!! まずい、まずいっ!!』


 そう、守は思い出したのだ。合宿は自身の性別がバレるリスク満載だということが。


『お風呂は勿論、着替えだって部屋でするでしょ……。合宿だから個室なわけないし……』


 守は先ほどまでと一転し、血の気の引いた顔色になっていた。


『監督……私の設定忘れてないよね!? ま……まさか監督、合宿中上手くやり過ごせっていうの……!?』


 守は不安そうに上杉監督の顔を見つめていた。上杉監督は相変わらずヘラヘラした顔をしていた。


「じゃあお待ちかねの、合宿先を発表します!!」


「ゴクリ……」


 守は固唾を呑んだ。

 

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