第百二十八話 運命の歯車が回り始めた件

「千河君って……あの中学女子野球きっての天才ピッチャーの千河守さんじゃないですか?」


 若井監督の言葉を聞き、上杉監督は思わず目をパッと見開いてしまった。


「やっぱり! その反応は図星なのですね! あんな良い選手なのに高校進学から女子野球界でもパッと名前を聞かなくなったので気になっていたんです」


「若井監督……」


 上杉監督は諦めたかのように、両腕を大きく開いた。


「仰る通り千河君の正体は、あの千河守さんです」


「何か事情がありそうですね」


「ええ……実は……」


 上杉監督は観念したのか、若井監督に守が入学、入部した経緯を説明した。


「なるほど……高校女子野球から事実上の追放ですか」


 若井監督は神妙な面持ちで話を聞いていた。


「彼女ほどの選手が野球界からいなくなるのは非常に勿体無いと思いました。それに、甲子園は男子選手だけしか出られない点について以前から疑問を抱いていました」


「ええ。大学野球では公式戦に出られるのに、よくよく考えて不平等ですよね」


 若井監督は、上杉監督の考えに同意を示した。


「わかりました。私もできる限りの協力をさせて頂きます。一緒に明来野球部を甲子園に導きましょう」


 そう言いながら、若井監督が右手を差し出した。


 上杉監督も右手を出し、ガッチリ握手をした。


「でも、なぜここまで我々に協力的なんですか? 非常にありがたい話ですけど……」


 上杉監督の問いを聞き、若井監督は笑顔で口を開いた。


「さっきも言いましたけど大学野球は女子も試合に出られるじゃないですか。将来彼女には我がチームで戦って欲しいんです」


「彼女は絶対に良いピッチャーになります。上杉監督、宜しくお願いします」


 


「くしょんっ!!」


 ベンチで足首を冷やしていた守が突然くしゃみをした。


「大丈夫、風邪?」


 隣の瑞穂が心配そうな表情で守に問いかける。


「全然、体調は万全だよ! いきなり鼻がムズムズしただけだよ」


「また誰かに噂されてたりして」


「そんな偶然あるわけないじゃん! 迷信だって!」


 守の知らぬところで、彼女の運命の歯車は回り始めていた。

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