第百六話 新入部員が入る件

 ――四月、真新しい制服に身を包んだ生徒が登校をしている。


 希望通りの進学先である者、そうでない者、それぞれ背景は異なるが、これから始まる高校生活に期待と不安を抱きながら。


 明来高校も他校と同様、沢山の生徒が入学したそうだ。最新設備を取り揃えてあり、勉強する環境も良いため、進学コースは特に人気なようだ。


 他にもサッカー部、陸上部、吹奏楽部は早々に大会で素晴らしい成果をあげた為、それらの部活目当てで入学する生徒も多い。


 体育館で行われた部活動紹介のPRを終えた氷室は会場を出た瞬間、頭を抱えた。どうやら手応えのない様子だった。


「すまん、上手く紹介ができなかった」


「し……仕方ないよ。よりによって一番人気のサッカー部の後だったし……」 


 同席していた守はなんとか氷室のフォローを試みた。氷室の演説も一歩下がったところで見ていたから、当時の雰囲気は共有していたが、あまり良くなかった。というか最悪だった。


 野球部の前にPRしたサッカー部は明来高校の中でも特に注目されているようだった。

 高校サッカー雑誌にも載ったイケメン選手のリフティングショーで会場内にいる一年生の注目を奪っていた。

 その後の野球部紹介では先生からの注意を他所に、その話題でざわめいていた。その為、前を向いて話を聞いてくれる生徒はごく少数だった。


「やはり演説は千河に任せるべきだったか」


「いや……僕だと、その、たぶん男子からの評判が悪くなるかな」


 守としては自分で言うのも恥ずかしいが、男装していると何故か女子からモテてしまう自覚がある。そしてそれが思春期男子の妬みを買ってしまうことも知っている。それは常日頃、東雲から学ばせてもらっている。


「そ、そうか。選手は男子しか許されていないからな……あぁ……」


 氷室が酷くうなだれている。キャプテンとして責任を感じているのだろう。負のオーラをこれでもかという位纏っている。守は静かに氷室の背中を叩くことしかできなかった。



 ――そんな悲惨な部活紹介から一夜明けた翌日。



 ガラァッ!!!



「うおっ!?」



 部室の扉が勢いよく開けられ、瑞穂が息を切らしながら入り込んだ。何人か着替え中だったようで、本人たちは恥ずかしそうにしているが彼女は全く気にしていないようだった。


「みんなみて! この入部希望届!」


「おおっ何人くらいいる?」


「夏大はそこそこ良かったし、少なくとも十名くらいはいるっしょー」


 その場にいる全員が瑞穂の元へ集まる。彼女の手には入部届が一枚掴まれていた。


「えっ……一人……?」


「そう、一人だよ」


「す……少ねぇ」


 集まった全員、酷く肩を落とした。心の中ではわかってはいたが、改めて他の部活との圧倒的な差を感じた瞬間だった。


「だけどっ! この一年生、凄いの! ちゃんと見て」


 入部届を見ると、名前と簡単な自己紹介が書いてある。名前は駄覇義経だはよしつね、中学は西東京シニア在籍と書いてある。


「おい、西東京シニアつったら去年全国制覇してるチームだぞ。てかコイツ、中三の時全国で対戦したわ」


 東雲が驚きながら入部届を見ていた。


「東雲君のいう通り、駄覇君は去年優勝したチーム内でエースで三番だったみたい」


「おおー!」


 一同、喜びの声をあげる中、東雲だけ一人舌打ちをしていた。


「でもさー、なんでそんなスゲー奴がウチなんかに来るの?」


 青山が当然の疑問を口にした。


「あれか? 去年みたいに推薦でー」


「彼は一般入試組ですよ」


 兵藤の声を遮るように監督の上杉が入り込んできた。


「えー、マジっすか監督。全国制覇したチームのエースっしょ。どこでも欲しいっしょ」


「そうだと思うんですがねぇ……私もびっくりですよ」


 上杉も彼の入学理由は知らないといった様子だ。


「ま、一年生対象の体験練習会が明日から一週間始まるんだし、そこで聞けばいいよね!」


「だな」


「そだねー」



 瑞穂の言葉に皆同意し、この一年生に大きな期待を持って明日を楽しみにしていた。




 ――しかし体験練習会の期間、一度たりとも駄覇は部活に顔を出さなかったのである。


 

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