第百四話 シーズンオフ
「数学は四十六点、現代文……四十二点!」
守は安堵のあまり大きく息を吐いた。四十点未満の場合行われる、追試の回避に成功した為だ。
――あっという間に息が白く、肌寒い季節となった。明来高校では年末最後の難関、期末テストの返却が行われた。
テスト返却、そしてホームルームが終わり、守は辺りを見渡した。机に両肘をついて俯いている者……恐らく赤点者だろう。この世の終わりかの如く、負のオーラを背中に纏っているように見える。
また、冬休みの予定を合わせているグループもいる。やれスノボやら、カラオケ、カウントダウンやら、何して遊ぶかを楽しそうに打ち合わせしている。
「ねぇ、千河君も良かったらどう? ホームパーティー」
「えっ千河君も来るの? お洋服新調しなきゃ!」
そんな姿を見ていた守は不意にクラスメイトの女子に声をかけられ、そして参加する前提で盛り上がってしまっている。そして何故か悪い気がしないと思っている守であった。
「すみません、ヒカルは野球部の練習があるのでっ!」
「えっちょっ! 瑞穂!?」
瑞穂は守の周りにできた女子の輪をかき分け、半ば強引に守の腕を引っ張り、教室から抜け出した。その後も瑞穂に引っ張られ続け、気付けば廊下の端まで到着していた。
「ここまで来れば追ってこないわね、あのメスガキ共は」
瑞穂は教室の方を睨みつけて呟いていた。控えめに言って怖かった。
「守も守だよ。あーんな見るからに千河ヒカル狙いのビッ○連中にチヤホヤされて喜ぶなんて」
瑞穂がギロリと鋭い眼光を守へ向けた。
「い……いや。あの子達、純粋に少しでも多くのクラスメイトと遊びたかったんじゃ」
「違うわ。私にはわかる。奴等の目は完全にメスの目だった。そして守にメスの目を向けるのが許されているのは私だけなんだから」
「奴等……」
守は瑞穂にそんなこと許した覚えはないし、今向けられてるのは睨みだろ……と言いたかったが、控えることにした。余計な火種はごめんだ。
「今日も筋トレとチューブ、ランニング。ボールは触っちゃダメだよ」
「わかったよ、地道にやるよ」
守は瑞穂についていきながら、回想にふけった。
甲子園視察以降、瑞穂のマネジメント力はより磨きがかかっていた。
甲子園に出てるチームは、何名も実践レベルで投げられるピッチャーがいる。
ピッチャーを増やすことができれば、それぞれの選手のケガ防止だけでなく相手打者に目を慣れさせない、流れを変えるなど、様々なメリットが存在する。
ただ、継投の難しさも当然ある。プロ野球でさえ好投しているスターターをいつ下げるかの判断は難しく、リリーフが燃えると流れは一気に悪くなる。
夏大会以降、守の練習内容はグッと変わった。今までブルペンピッチング中心だったが、基礎トレーニングの割合をガッツリ増やした。
大会中、何度もスタミナ切れを起こしていた。フォームも試合後半に崩れることがあり、ケガのリスクも上がっていた。だからこそ、守以外にしっかり投げられる選手を育成する必要があった。
その為、秋季大会は主に氷室が投げ、守は短いイニングのみ登板した。練習試合では東雲、山神も登板した。
氷室は公式戦での経験値を積み上げ、以前より安定感が増していった。ストレートの威力は増し、課題のコントロールもゲームを壊さない程度には改善した。
東雲は流石の出来だった。規定により来年夏まで公式戦に出られないが、明来投手陣で総合力はナンバーワンだ。
山神の野球センスはピッチングにも行き届いていた。小さいテイクバック、所謂野手投げだがタイミングは取りづらく、テンポも速い。そしてコントロールが抜群にいい。ただ全国レベルを誇る彼のショート守備を失うことになる為、あくまで練習試合に限った登板だろう。
その為、明来高校の秋季大会はそこそこの成績に留まった。全ては来年の夏、フルパワーで臨む為だ。
それは皇帝学院へのリベンジだけが目的ではない。甲子園に出たら必ず戦うであろう、夏大全国制覇の西京学園に勝つ為だ。
未来の勝利に向けて、守たちは地道にトレーニングを続けるのであった。
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