第百三話 強がりを現実にする為に

「今日この後医者に行け。それで――しばらくボール投げるのは禁止な」


「え……」


 神崎は明らかに動揺している。


「右肩、痛むんだろ」


「――いえ、全く痛くないです」


 明来戦の時と全く同じだ。目を大きく開き、右上を見てから答える。嘘をついている人間が咄嗟に行う癖だ。


「お前……キャッチャー舐めるな。昔からお前のことを見てるから明らかに分かるの。右肩が痛いですって顔に書いてあるの」


 太刀川は、自分でも気の利かない話し方だと思った。だが、こうハッキリ言わないと神崎という人間は治療に専念しないことを知っている。


「わかりました、とりあえず医者に行きます。ただ自分が投げなきゃ行けない時はいつでも――」


「いいから、お前はしばらくバットだけ握っていればいいから」


 神崎の言葉を遮って指示を出した。神崎は一年生ながら素晴らしい責任感を持っているが、こちらからブレーキを踏んであげないと勝手に突っ走ってしまう。これが中々大変だ。


 西京を倒すには神崎の力がいる。西京の一年生二人は、まだまだ底知れぬ伸び代があるだろう。それに対抗できるのは、同じく一年生であり、天性の才に恵まれた神崎に他ならない。

 紫電に打たれはしたが、神崎の球威は彼にも十分通用した。ピッチングの幅を広げることができればもっと抑えられる筈だ。

 打撃もより精度を上げれば黒江の投球術に一層対抗できる。だから神崎を潰すわけにはいかない。皇帝にとって神崎はジョーカー、切り札なのだ。


「お疲れさん、引退する先輩を無視して次の世代の中心二人がなんの話してるんだ?」


 宮西が笑いながら話に入ってきた。


「宮西さん、すみません。少し考えごとをしていて。それに宮西さんはどうせ大学入るまで毎日自主練に来るだろうと思って」


「ったく、可愛げのない新キャプテンだなぁ。まぁ今日も明日も練習でるからよろしくな」


 宮西は既に名門大学の野球推薦が決まっている。彼の丁寧なピッチングなら大学でもすぐに通用するだろう。


「それにしても、難しい課題を与えちまったか? 打倒西京、なんとか達成してくれよ?」


 宮西が太刀川の肩をポンポン叩いた。


「宮西さん――」


 太刀川は爽やかな顔で答えた。


「俺らの目標は全国制覇。西京を倒すだけなんて甘すぎっす」


 それを聞いた宮西は笑った。


 その言葉を聞きたかった――だからお前をキャプテンに推薦したんだ――。


 少し強がりな太刀川の姿を見て宮西は心から安心した。そして、ずっと重たくのしかかっていた重圧から解き放たれたのを実感した。

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