第九十六話 リスペクト

 紫電たちが自主練で汗を流している頃、白川渚はスマホを取り出し、電話をかけた。


 正捕手として甲子園を戦い、そして芸能メディアや数多の女性ファンから逃げ回り、とにかく疲労困憊だったが、この電話はかけなければならなかった。何故なら愛する妹からの着信が入っていたからだ。


「もしもし、兄さん?」


「あっ瑞穂! 電話くれて兄ちゃん滅茶苦茶嬉しいよおおお」


 透き通るような瑞穂の声を聞き、渚のテンションは最高潮になっていた。そこには各種メディアが報じている、イケメン細マッチョアイドルとはかけ離れた、ただのシスコンがいた。


「耳が痛いから大声はやめて。――ひとまず、二回戦進出おめでとう」


 瑞穂は溜息混じりに西京の勝利を祝福した。


「ありがとう。別に俺は大した活躍はしてないけどね。あいつら一年生二人のおかげだよ」


 そういう渚自身も三番打者として二安打を放ち、正捕手として素晴らしいリードをしていた。ただ彼の言葉が謙遜とは思えないくらい、一年生コンビの活躍が光り輝いているのも事実だ。


「その……一年生コンビの、特に紫電君の事なんだけど」


 瑞穂が本題に入ろうとした。


「悪い。いくら愛しの妹からのお願いでも、あいつらの情報は話せない」


 渚の言葉を聞いて瑞穂はやはりな、と思った。先ほどまでの、渚の甘ったるい声色とは一変してハッキリ、しっかりした口調で発せられていた。

 西京の背番号二は、グランド外でも選手のケアは完璧だ。


「そ、そうだよね。ごめんね。――ただ余りにすごい活躍だったから純粋に興味があって」


「そ、そんな……よりによって紫電みたいな不良が好きだなんて」


 渚のシクシクした声が聞こえる。


「いや、別に好きとか言ってないけど。ていうか、やっぱり紫電君はヤンキーなの?」


「まぁ、これくらいは話していいか」


 渚は、あくまで戦力情報は出さないと前置きして、話を続けた。


「紫電はうちに入る前まで野球のルールすら知らない、大阪でも有名な不良だったんだよ」


「それが、何処からか監督が紫電を発掘して、ある理由で野球特待生として西京に入学したんだ」


「元々あいつは身体能力がズバ抜けていて、さらに連日猛特訓を重ねていた。気が付いたら、ものの三、四ヶ月で西京の四番にまで上り詰めた」


 瑞穂は静かに話を聞いていた。渚の話は、なにか漫画の主人公を思わせる成長ぶりで、兄の性格を知らない人が聞いたら信じられないだろうと思った。

 ただ、真面目な話をする兄が嘘をついたり、話を盛ることは一切しない事を、瑞穂は知っている。


「あいつが何でそこまで頑張れるかは、俺の口からは言えない。ただ紫電の野球プレーヤーとしての完成形はまだまだ底なしで、一緒にプレーできて誇りに思ってるよ」


 渚から、紫電に対するリスペクトを感じられた。


 野球初心者が全国トップクラスの強豪校に入り、すぐ四番になる。そして甲子園では最高のデビューを果たした。


 同じ一年生として、スケールの大きさを、瑞穂は感じざるを得なかった。

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