第八十九話 束の間の夏休み
――八月。年々気温が上昇する日本の夏。各お店には熱中症グッズが前面に売り出されており、外を歩く人々は皆汗を流しながら移動をしている。
さらに時刻はお昼前、気温がドンドン高くなっていく。
そんな中、男性陣が一瞬足を止めてしまう光景が駅前にはあった。その一帯だけ、心なしか爽やかな風が吹いているような爽やかさだった。
二人組の女の子がいる。
一人はモデルか俳優かやっていても不思議ではない、少し明るい栗色の髪をした美少女で、白のワンピースがとても似合っている。
もう一人はパンツスタイルのボーイッシュな女の子だ。こちらも整った顔立ちで、むしろ女の子にモテそうなイケメン女子だ。
その二人は瑞穂と守である。
年間休日がブラック企業クラスの高校野球。彼女たちは、この貴重なオフを満喫していた。
「守とのデートなんて久しぶりだなぁ。ねぇ、今日はメイクも服も特に気合入れてきたんだけど、似合ってる?」
瑞穂はくるりと回ってみせた。ほのかな香水の香りが広がっていく。
「はいはい、可愛い可愛い」
「ふふ……嬉しい」
明らかな流しの発言にも素直に喜ぶ瑞穂は、ここぞとばかりに守の腕に抱きついた。守も彼女には敵わないのか、諦めのため息をついていた。
「よう、瑞穂じゃん」
マウンテンバイクに乗った東雲が声をかけてきた。
『マズイ……』
瑞穂と守は内心焦っていた。
何故なら今日、守は完全に女子モードだったからだ。
千河守が、千河ヒカルという男子部員の正体というのは瑞穂と上杉監督しか知らない。なのでこの状況は非常にマズイと考えていた。
「し……東雲くん。お疲れ様」
瑞穂が珍しく動揺をしているようだ。
「こんな所で会うなんて偶然だな。 で、そっちの奴は……」
東雲が守の方に目を向けた。
『――ッ!!』
守も内心とても焦っており、東雲から目線を外した。
「瑞穂の友達か?」
――おっ?
「そ、そうなの。守って言うんだけど、一緒にお出かけしてるの」
「マモル……守ね。やっぱ瑞穂の友達だけあって中々可愛いじゃん」
気付かれてないッ!!
守はこの奇跡に安堵した。めんどくさかったけど、少しだけメイクをしてウィッグをしていて本当に良かったと安心した。
「東雲くんは、そんな荷物を持ってどうしたの?」
見ると東雲は大きな保温リュックを背負っていた。
「バイトだよバイト」
東雲は背中のリュックを二人に見せた。今流行りのギグワーク系、宅配サービスのバイトのようだ。
「俺、特待で皇帝入ってすぐに転校したろ?
当然、お袋にメチャクチャ怒られてよ」
「だからオフの日や練習後にバイトしてるんだよ。金払いもいいし、明来のヌルい練習より鍛えられるぜ」
明来野球部の練習量が少ないと思えるとは……東雲のスタミナに二人は感心していた。
ピピッ! ピピッ!
「わり、注文だわ。お、この前高評価くれた客が指名してんじゃん。ラッキー」
「てな訳で、俺いくわ。今度三人で飯でも行こうぜ」
東雲は自転車に跨り、颯爽と走り出していった。彼の意外な仕事ぶりにも感心していた。
「アイツって、意外と真面目だよね」
守が思わず口を開いた。
「うん、走り込みの量も正直チーム一だよ」
瑞穂も東雲のことは評価しているようだった。
「なんかアイツを見ていたら、私も燃えてきたよ」
「それなら守、あそこのスポーツバーに行かない?」
「スポーツバー?」
守が首を傾げる。
「大丈夫、たしかノンアルコールも置いてあるから私たちでも入れるし。今日は皇帝学院の甲子園初戦が中継されるよ」
――そうだった。
守は皇帝に負けてから、暫く大会結果を見れなかった。悔しくて見たくなかったのだ。
結果は皇帝が、そのままの勢いで甲子園出場を決めたようだ。世間の下馬評通り、今年の皇帝はチームとして完成されていた。
皇帝を倒さなきゃ甲子園には行けない。だからいつまでも背を向けてはいけない。
「大丈夫、もう大丈夫だよ。瑞穂、見に行こう」
「守ならそう言うと思った」
瑞穂は笑顔で答えた。
「今日のカードは高校野球ファンなら見逃せないんだよ。なんていっても大阪の超名門、西京学園との対戦だからね」
西京学園――ほぼ毎年甲子園に出場する超名門であり、プロ野球選手の排出も日本一の学校だ。
守が第一話で監督に金的を喰らわせたのは、姉妹校である西京女学院。西京学園は、その男子校版なのだ。
――そして、西京学園にはある選手がいる。
「お兄さん、西京で正捕手なんて凄いよね」
「まぁ……今年から四番を任されているみたいだね」
西京には瑞穂の兄、二年生の
「よし、じゃあ今日はお兄さんが皇帝にリベンジしてくれるところを見ようー!」
守は駆け足でスポーツバーに入っていった。
瑞穂は守の姿を見て安堵して、一緒についていった。
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