第五十七話 イメージはできている

 守は素早いフォームで投球動作を行なっている。バッターボックスの八城から鋭い視線を送られながら、流れる様な体の動きを行なっている。


「っらァァァ!」


 守は全身全霊の力を込めてボールを放った。八城の顔スレスレを目掛けて――。


 ――スパーン!


 球場全体が異様な空気になっていた。ザワザワと至るところで声が聞こえる。


「ボール!」


 顔のギリギリ横を通過するボール。そのままの位置でも当たりはしないが、思わず顔を避けてしまうのが、人が生き物であるが故の生存本能だろう。


 だが八城は、その顔を一ミリも動かさなかった。


 ――彼は投球直後に目を瞑っていたのだ。


「やられた……」


 守は思わず呟いた。


 ブラッシュボールというのは、文字通り危険球の残像を目と頭に焼き付け、フォームを崩すことに意味がある。


 だが八城はコースの変更ができないタイミング、つまり投球直後に視界を閉じた。完全に読まれていたのだ。


 言葉にすると簡単に聞こえるが、相当のメンタルを要する行為だ。


 ノーボールツーストライクというカウントで、必ずボール球が来るわけでは無い状況。そしてブラッシュボールが読めても守がコントロールミスする可能性……。


 だが八城は全て読んで、そして賭けていた。必ずブラッシュボールを投げてくる事を。そして守は絶対にコントロールミスしない事を。


 観客席、南場実業ベンチからヤジが飛ぶ。あからさまに顔付近にミットを構えていた訳ではないが、野球を知っている者なら誰しも分かってしまう、狙って危険球を投げた為だ。


「みんな、落ち着け!」


 八城はバッターボックスを外し、大声をあげた。

 

「俺は大丈夫! なので引き続き応援よろしく!」


 八城は笑顔で打席に戻った。応援席からは拍手が送られる。そして再び応援席、南場実業ベンチからは大声援が送られる。


 ロジンパックを触りながら、守は次の投球を考えていた。


 八城に隙がない。

 彼は全国レベルのバッターだ。この先勝ち上がっていくごとに八城レベルのバッターと対戦していく事になる。

 厄介な事この上ないが、何故かワクワクしている自分がいる事を守は実感していた。


 守はサインを覗き込む。希望通りのサイン――低めのチェンジアップだった。


 ……試してみたい。イメージはできている。


 今まで沢山の握り方を試した。スピードを殺すだけなら、ある程度コツを掴んだ。

 だが、更にボール自体に変化を加えたい。守は中指、薬指の二本をボールの縫い目に引っ掛ける。指は違えどツーシームと似た握りだ。


 まだボールが抜ける事もあるが、この場で試したい。八城ほどのバッターに通用するか挑戦してみたい。


 守は左手に息を吹きかけ、セットポジションに入った。


 右足を大きく上げ、ヒップファーストで体重移動を行う。


 腕を強く、鞭の様にしならせる。


 中指と薬指が、しっかりボールの縫い目を引っ掻く。


 腰を捻り、その反動で腕が思いっきり振られていく。

 

 ――今まで感じたことがない、指に触れている縫い目の感覚。背負い投げの様な腕の振り、プレートを蹴る左足の高さ。


 八城のバットは空を切り、主審の右手が大きく上がる。


「ストライク! バッターアウト!」


 六回裏 終了


 明来 二対ゼロ 南場実業

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