第五十五話 主将の重圧 八城の想い
左バッターボックスに立つ八城は間を取るために打席を外した。
グラウンドの至るところから声援が聞こえる。応援席は見渡す限り紫のシャツを着た人で溢れかえっている。みんな地元の、昔っからの南場実業ファンだ。
八城は伝統ある南場実業野球部の主将、四番を任されている。
他の人からすれば最高のステータスと思うかもしれない。学校生活でも、進路でも、これ以上ない自己肯定できる証に思うかもしれない。
だが八城は全くそんな事は思っていなかった。誰にも見せていないだけで、彼は毎試合とんでもない緊張と闘っていた。
――八城は元々、速球派ピッチャーとして南場実業にスカウトされていた。
首脳陣からの期待も高く、彼は入部早々から試合に出ていた。
しかし、はじめは全く期待通りの活躍は出来なかった。元々コントロールに難があったが、周囲の期待や、上級生を差し置いて試合に出るプレッシャーで、腕が振れなくなっていった。
そのプレッシャーを払拭すべく、彼は毎日ボールを投げ続けた。努力の甲斐あって、二年生になってからエースナンバーを付けるまで成長した。
――だが、彼の肘は限界を迎え、爆弾を背負ってしまった。
医者からは、投球数に制限を設けられた。先発ピッチャーとしては絶望的な制約だった。
野球を辞めようか……リハビリ帰りにたまたま通りかかった公園で、彼は偶然目にした。
薄暗い外灯の光を頼りに、一色が十文字に対し、ピッチング練習をしている姿を目撃した。
同級生のスタンド組――それが八城が彼らに対して持っている印象で、あまり絡みもなかった。
話を聞くと、自主練後は毎日この公園でピッチング練習をしているらしい。
彼らの為に、何か力になりたい。そう考えた八城は、それからリハビリ帰りには毎回公園に立ちよる様にした。
八城のアドバイスを吸収して、彼らは少しずつ、ただ確実に上手くなっていった。
上級生が抜け、新チームになった時、八城はキャプテンに任命された。彼は正直、辞退できるものなら辞退したいと考えていた。
ただ南場実業は部員内の投票制でキャプテンが決まる。彼は自分以外の全部員から投票されていた。
プレッシャーで胃が痛いが、誰にも後悔はさせたくない。応援してくれる人を幸せにしたい。彼の人情深い考えは、すぐさま行動に移された。
リハビリが明けてからの八城は、ピッチング練習はほとんど行わず、代わりに野手練習に尽力した。
ピッチャーではあったが、元々バッティングや守備などの方が得意に感じていた。
そして何より、一色と十文字が夏大までに大化けしそうだと考えていたからである。
結果、八城の野手転向は大当たり。同時に一色と十文字は予想通り、成り上がりバッテリーとして注目を集めている。
今でも八城は試合の前は緊張して、まともに食事が喉を通らない。試合直前にはトイレに必ず行く。打席に立つ前は手が震える。
「だけど、負けて沢山の人を悲しませたくない」
八城は独り言を呟き、バットをギュッと握り、打席に入り直した。
バットをセンター方向に向ける。マウンドからは明来のピッチャーから鋭い視線が送られている。
立ち位置はより左バッター側へ立っている。一年生と思えない位のコントロール、そして気迫を感じる。
だが八城も対抗すべく、睨み返す。次はあの皇帝が控えているんだ……こんな一年共にまけていられない。
「っしゃぁぁ!」
威嚇の声を出し、八城はバットを構えた。
明来のピッチャーは左手に息を吹きかけ、ロジンパックの白い霧を作っていた。
六回裏 途中
明来 二対ゼロ 南場実業
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