第五十四話 敬遠が許されなかった件

 守はプレートから足を外し、不破にジェスチャーを送った。外に腕を振る動作――敬遠しようというジェスチャーだった。


 不破は慌ててタイムを取り、守の元へ駆け足で向かった。


「敬遠したいのか、千河」


「あのバッターは抑えられないよ。五番バッターで勝負しよう」


「確かに相性は最悪だが……良いのか?」


「良いも悪いも、勝つために仕方ないじゃん。自分のプライドを優先して、この試合、負けるわけにはいかない」


「千河……」


 不破が了承しようと考えた瞬間、ベンチから上杉から声が飛んだ。珍しく辺りに響く様な、大きな声を出していた。


「千河君! 敬遠は絶対に許しません! 明らかなボール球を投げた瞬間、貴方を交代させますよ!」


 敬遠するな? こんなに当たっている八城と勝負しろってことか? 守は理解に苦しんでいた。


「千河! 勝負だ!」


「千河っちなら抑えられるって!」


「千河氏、ここで逃げては皇帝には絶対に勝てないでござる」


 後ろを守るナインからも背中を押される。全員が守に勝負しろと言っている。

 なんて非効率な考えなんだ……私だって好きで敬遠しようとしていない。守は呆れながらも、勝負する意思を固めた。


「もっとプレートをギリギリまで使う。コントロールが乱れるかもしれないが、頼って良い?」


「それがキャッチャーの仕事だ。思いっきり投げて来いよ」


 不破はキャッチャーのポジションへ戻っていった。

 守はロジンパックを手に取り、息を吹きかけた。ロジンパックの粉が白い煙となってマウンドに舞っている。守が気合を入れる際行う、ルーティンの一つだ。


「私が敬遠したいなんて言うの、初めてだったな。やっぱり似合わないよね」


 独り言を呟き、真剣な表情でサインを見つめる。サインはインスラだ。


 守は、先ほどよりも左バッター側へプレートに左足をかけ、セットポジションを取る。


「っらぁ!」


 声を出しながら守は腕を振った。打球はバックネットに突き刺さるファールとなった。

 先ほどよりは良いファールの取り方だが、タイミングは合っている様だ。更に厳しく投げる必要がある。


 再び守はロジンパックを取り、息を吹きかけていた。


 六回裏 途中


 明来 ニ対ゼロ 南場実業

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