第四十一話 見惚れてしまう守備

「すまん、俺のリードミスだ」


 不破はマウンドまで駆け足で向かいながら謝罪した。


「いや、あのリードで僕も納得した。むしろ別のサインなら首を振っていたかもしれないし」


 皇帝戦以来、バッテリーの課題としてタイムを有効に使うことをテーマにしていた。


「八城さんは俺たちにとって天敵かもしれないな」


 不破の言葉に守は納得している。

 守、不破バッテリーの武器は巧みな投球術でバッターの狙いを定めさせない所にある。これは守が持つ精密機械の様なコントロールで実現している。


 ただ弱点としてはコース攻めを苦にしない様な感覚派バッターへの対応だ。

 守にバッターをねじ伏せる球威があれば話は変わる所だが、現状の守は精々百二十キロ程度のストレートであり、八城程の打者が苦にするスピードではない。


「この試合の中で活路を見いだそう」


「そうだな、頼むぜ千河」


 不破は駆け足でポジションへ戻っていった。


 まだ練習でしか試していないけど……次の八城との対戦から試すしかない。


 守は息を吐き、ロジンパックを手に取った。

 打席には五番打者が右打席に入っている。


 絶対に打たせてやるもんか――守はクイックモーションからアウトロービタビタに決めてみせた。

 バッターに考えさせる間を与えず、守は返球を受け取り次第すぐにセットポジション入る。

 それを見て慌ててバットを構えるバッター。完全に守の術中にハマっている。


 ――ギィン!


 ピッチャーゴロだ。詰まらせた打球を守は捕球。

 八城がスタートを切っていない事を確認し、一塁に送球した。これでワンナウト二塁だ。


 続く六番バッターにもテンポよく投げ、内野フライに打ち取った。守はツーアウトまで簡単に奪ってみせた。


 ……しかし、さすが名門校、やはりバットを振り込んでいるようだ。


 ――キィン!


「しまった!」


 七番バッターにカウントを取りに行ったストレートを上手くミートされた。下位打線でも侮ってはいけなかった。

 守は右手にはめているグラブを腕いっぱい伸ばすも打球に届かず、痛烈な打球は二遊間を抜ける。


 ――と思っていたが、ショートの山神がほぼセカンドベース上にてギリギリ捕球した。


 そして山神は流れる様に身体を一回転させ、その勢いでファースト青山へ送球した。


「アウト!」


 山神の送球は青山のグラブに吸い込まれた。観客席は今のスーパープレーに驚きを隠し切れない。


「うおおおおお!」


「なんだァあのショート!? 高校生レベルじゃないぞ」


「捕るまでも凄いが送球コントロールもピカイチだ!」


「キャー!!! ヒカル君ナイスピッチー!!! あ、あとショートナイスー」


 敵チームの本拠地の様な雰囲気、アウェーのはずだったが思わず観客を興奮させている。それほどまでに山神の守備は素晴らしかった。


 チアのえこひいき感しか感じない観客席の下、明来ベンチ前にて守が山神とグラブタッチをした。


「助かったよ山神。抜けてたら一点取られてた」


「拙者は予めセンター寄りにシフトしていただけでござる」


 謙遜しながらベンチに入る山神。そして彼は九番の松本に何かを話していた。


 ――ズバン!


「ストライク! バッターアウト!」


 高めの釣り球に手を出した大田は空振り三振に倒れた。たった三球で処理されてしまった。


 打席には九番の松本が右打席に入る。何かぶつぶつ呟いているが、聞き取れない。


 一色からボールが投げられた。


 完全にカウントを取りにきた甘いストレートだ。


 ――キィン!


「なにぃ!?」


「マジで!?」


 一色、十文字バッテリーが驚くのも無理はない。

 明来の下位打線は打力が低いことが分かっている状況でバッターは九番。甘いコースでも打たれるわけがない。とくに初球から来るわけがない――と思っていたのだ。


 だが、そんな考えを嘲笑うかの様に、打球はレフト前に落ちるクリーンヒットとなった。


 明来は意外な形でチャンスを迎えたのだった。


 三回表 途中


 明来 ゼロ対ゼロ 南場実業

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