死蔵
ムラサキハルカ
・死蔵
とある山の麓で一体のアンドロイドが発見された。より、正確を期すれば、アンドロイドの残骸と表現すべきであろうか。少年の年恰好をしたその人工物の発見時の状況は傍目から見れば傷ましさしか抱けないものだった。アンドロイドの下半身は事故現場の上から転げ落ちてきたとおぼしき巨岩に潰されていて、確認できる部位からはコードや金属部品の類が飛びだしている。現場一帯には、アンドロイドの身体からこぼれたとおぼしき科学燃料が滲んでいた。人の基準でみれば下半身がひらべったくなっているというだけでも耐えがたく、その印象を血痕じみた液体が強めている。しかし、そうした悲惨な現場の状況にそぐわず、柔らかく目を閉じた少年の写し身の顔に浮かんでいたのは穏やかな笑みだった。
元から少年の表情はこうした形で固定されていたのではないのか。そもそも、作られたものの表情などをいちいち気にしても仕方ないのではないのか。発見者たちの間では当初、こうした見解がなされた。しかし、調べてみれば、このアンドロイドは内蔵された人工知能により自己学習した喜怒哀楽を表に出すタイプであるため、前者に関しては否定されるし、後者に関しても動かなくなったあとの表情が浮かべられるまでにはなにかしらの原因があったとみるべきであるという見解が出された。中には、岩に潰されたのであるから喜怒哀楽に関しての表情を作りだす機能が故障しただけではないのかという意見がだされもしたが、岩の下から回収したアンドロイドを調べてみた際、人工知能及びその感情を表情に伝える機能、更に表情筋まわりに関しての故障は一切見られなかったため、この説も否定された。
思いのほか、故障が軽かったことを知った研究者たちは、アンドロイド本人を起こして喋らせようとした。しかし、その目論みは早々に頓挫することになる。調査の際、アンドロイドのメモリがまっさらになっていることがわかったためである。これでは仮に起こしたところで、なにも話さないだろう。これは一体どういうことなのか、と研究者たちはいぶかしんだ。元からアンドロイドのメモリにはなにもおさめられていなかったのではないのか、という仮説が提唱されもしたが、アンドロイド自体の型番の古さと稼動形跡があるところからその可能性は低いと見られ、後に数十年前にこのアンドロイドが動いていた記録が確認されるにあたって正式に否定された。
なぜ、今、このアンドロイドの中に記憶が残っていないのか。その謎はこの機体が作られた目的が判明したあと、より深まることになる。この少年アンドロイドは、様々な記録を保存するために作られたものだった。生きた知識を永遠に。そんなキャッチフレーズとともに発明されたものであるらしい。書物や音楽や映像データ、そして人々との会話などで得た擬似的感情を保存するという機能が備えられていた。こういった目的で作られた機械であるのならば、メモリがまっさらになってしまうことは絶対に避けなくてはならない。そんなアンドロイドの中に記録、いや記憶と呼んでも差しつかえないものが一つとして残っていなかった。
この問題は研究者達をおおいに混乱させはしたものの、それよりも先になんとかしてアンドロイド内のメモリを復元することはできないのか。こうした問いかけがなされた。この機体の性質上、アンドロイド内に溜めこまれたデータはどのようなものであれ、人類の未来に有益なものとみてまず間違いないだろうと判断された。ゆえに召集された研究者たちやその後に集められた技術屋たちは血眼になり、アンドロイドの中に残る記憶を復元しようと試みた。しかし、蓋を開けてみれば全ての行為は無為に帰することになる。どのような手段を用いても機体はかつての記憶を蘇らせず、まっさらな機械の頭の中はいつまでもまっさらなままであった。
こうした研究者たちの努力と同時進行で、アンドロイドの詳しい出自と記録に対する調査が進められた。この機体の何十年かの活動期間内において、幾人かの人間たちと交流があったため、そちらから頭の中にあるものの種類を計ることはできないのかというアプローチだった。とはいえ、開発者は既に死亡しており、このアンドロイド自身が同型機数体とともにある時期を境に行方を晦ましていたということが判明し、じかにこの機体とかかわった人間を発見するのも困難をきわめ、おそらくアンドロイドと交流していただろう数人がみつかったに過ぎない。このおそらくという但し書きもまた、同時代に開発された同型のアンドロイドの中で今回の機体であるという絞りこみが上手くいかなかったゆえである。多くの人間は昔の記憶を上手く引きだせないし、いちいち型番や名前などを覚えてはいない。
※
図書館の本をひたすらぱらぱらと捲っていた、と証言したのはこのアンドロイドが開発されて間もない頃に高校生だった老婆だった。傍目からみて奇異な光景だったため、当時の老婆が司書に尋ねて、人の形をした機械であると知ったという。アンドロイド自体は既に実用化されていた時代ではあったものの、まだ民間に多く普及していたというわけではないため、相当珍しく見えただろう。その上、本を読む機体というのは、人間の素振りをするようにプログラムされたものを除けば、現代においても割合珍しい。ましてや、アンドロイド自体が直接本を読んでスキャナじみたことを行うというタイプはもっと少ない。とても楽しそうで人間みたいだったと老婆は目を細めて話を打ち切った。
※
半年ほど一緒にセッションしたりライブ会場に通ったりしたと語ったのは、スキンヘッドのいかつい老人だった。最初は研究機関の人間につれられてやってきたアンドロイドは当時老人が所属していたバンドで欠員になっていたベースを担当していたとのことだ。老人も当初は機械に人間らしい演奏ができるのかと首を捻っていたものの、さしあたっては代わりのメンバーも見つからなかったため、物は試しとばかりにアンドロイドを加入させた。当初は老人の予想通り、正確なリズムを刻むだけの演奏だったが、それはほんの最初のうちだけで、練習やライブをこなし他のバンドの演奏を聴き続けるうちに、音に生き物じみた力が宿ったらしい。ものすごい成長速度だったと、老人は語る。半年でいなくなってしまったのが惜しい、と実に残念そうに話を締めくくった。
※
一緒に子供の世話をしていたと語ったのは若々しい見た目をした中年女性だった。彼女が言うには、保育施設の同僚だったという。そもそも、アンドロイドだとわかったのは二年ほどの任期の最後にこっそり話されて知ったとのこと(記録上はこの時点で研究機関から脱走したあとと思われる)。外から見ただけでは少年じみた若々しい外見をした青年といった感じで、人間でないなどと気付けなかったという。程よく冗談を飛ばしつつもよく働いたアンドロイドは、中年女性のいた保育施設においてある種のムードメーカーだったらしい。とても温かい人でしたと満足げに語る中年女性は、一方で、時折、ぼんやりとしていることがあったとも語る。一度、女性がアンドロイドにそのことについて尋ねると、知りたいことがある、と答えたという。
※
子供の頃によく遊んでもらった、と語ったのは記録上、アンドロイドと最後に親交があった青年である。森の奥にある古い社を宿にしていたアンドロイドと出会った子供の頃の青年は、アンドロイドから、旅をしているんだ、という言葉を耳にしていた。そして、これまでの旅の面白おかしい話を聞いてから、少年じみたこの機械の正体をアンドロイド自身から教えられたと語る。遊んでもらいながら、なんで旅をしているのかと少年だった青年はある日尋ねた。それにアンドロイドは照れ臭そうに、人間の真似事かな、と口にしてから自分の体を見下ろして、ただこんな子供みたいな形の癖にぐだぐだと長く生き過ぎてしまったと自嘲するように語ったらしい。その時のアンドロイドの憂い気な横顔はいまだに青年の頭に焼きついているという。
※
最後の記録により、アンドロイドは自ら命を絶ったのではないのかという説がグループ内で提唱された。岩をわざと避けず、メモリは自らリセットしたのだと。とはいえ、仮にそれが事実だとしても、アンドロイド自身の作られた目的からすれば、記録のバックアップをとらずに自壊することがあるのだろうかという疑問が投げかけられた。この説とそれに対する疑問点については話し合われこそしたものの、結局のところ本当のところを知るためには失われてしまったメモリをたしかめなくてははっきりとしたことがわからないため、収穫も出ないまま調査は打ち切りになり、少年のアンドロイドの残骸は倉庫に押しこまれた。
その状況は今も変わりなく、機械の中でなにがあったのかはわからないままである。そして、また時が経ち、この問題はおろかこの機体のことすら、もはや誰もが忘れ去られ……
死蔵 ムラサキハルカ @harukamurasaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます