最終話〜異世界の勇者が魔王軍幹部に負けて逃げたので村人に代わりをさせたら、何故か本職の勇者より強かった件〜

お互いに正面で向かい合う。


「さぁ、勇者よ。再び相対できたこと、幸福の極み! 強くなったお前の力を見せてくれ!」


ミノスが俺に向けて、ハードルを上げるような言葉をかけて来た。

だが……思いっきり上から目線。あれは舐められているな。あくまで自分が勝つ前提で話をしている。


「ふっ、望むところだ。後悔するなよ? 今度は俺が勝つ! 俺はもう、誰にも負けない!」


(あぁぁぁぁぁ!!! 魔王軍に幹部にバカみたいな事言っちゃったよ! どぉしよぉぉぉ!!! 俺、本当はただの村人なのにぃぃぃぃぃぃ!!! どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁ!!!)


と、俺は今更ながらに後悔をしていた。


「それでは、これより勇者モルティーブ 対 魔王軍幹部ミノスの決闘を行う」


アリアさんが宣言すると、周りの人たちがワァーッ!と歓声を上げる。


「では……はじめっ!」


***


「ところでアリアさん。ミノスについて、何か知っていることはありますか?」


ミノスとの決闘が始まる直前、俺とアリアさんは呼びに来た兵士を少しだけ追い出し、アリアさんに情報を尋ねていた。


「……そうですね。奴は見た目通り直情タイプです。闘いが好きでよく決闘を挑んでいるとも聞きます。使ってくる武器は己の拳とメリケンサック。その巨体からは計り知れない素早さで動くらしいです」


なるほど、力も速さもあると……素早く動く巨大な岩を想定すればいいか。

しかも魔王軍のくせに騎士みたいな信条を持っているらしい。だから俺より勇者らしい奴多すぎない?


「あ、そう言えばヘルティスはどうしたんです?」


「彼……いえ、彼女はまだ安静とのことですので、この場にはいません」


っしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!


「さて、そろそろ行きますか」


「モブ……モルティーブさん。いったいどうするつもりなんですか?」


俺のお気楽そうな言い方に、アリアさんは何か勝機でもあるのかと疑うような目で問いかけてくる。


「別に。ただいつも通りやるだけですよ。僕を誰だと思ってるんです? ただの村人、モルティーブですよ?」


だから俺は淡々と事実を告げる。


「……エミーリオお嬢様を悲しませないようにしろ。私から言えることはそれだけだ。……あなたの事は私が死ぬまで覚えておこう」


「一言多いですよ」


「なっ! そっ、それはお前だ!」


アリアさんの照れ隠しをわざわざ掘り返す。……あぁ、こんな軽口ももしかしたらこれで最後かもしれないからな。

アリアさんも顔を赤くして「勘違いするなっ!」みたいな目で見てくる。


そして俺は戦場の真ん中へと歩いて行き、向こうからも同じく歩いてくるミノスと目が合う。

互いに正面を向かい合った。そして場面は最初に戻る。


***

〜アリアさん視点〜


「ぬうぁぁぁっっっ!」


私が開始の合図を出した途端、魔王軍幹部であるミノスが一直線にモブさんへ向かっていく。

私も目で追うことしかできず、体がうまく反応できないだろう。あのままなら、モブさんは一撃で殺される。

だが、その予想は覆った。モブさんの腹にミノスの一撃が入った。確実に入ったはずなのだ。

しかし、モブさんはなんて事ないような平気な顔をしていた。


***

〜モルティーブ視点〜


試合開始の合図がアリアさんの口から出された直後、目の前にいたミノスが動く。体の重心を思いっきり前に倒して進む。あれは俺がやったら足が追い付かずに転ぶタイプのやつだ。

メリケンサックを嵌めた右腕に力を込めているのが分かる。空気がグルグルと拳に纏わり付くような感じだ。


そのまま俺の前まで一瞬で現れて、溜めに溜めたその一撃を俺の腹に向けて放つ。

放たれる拳が速すぎて、まるで空気を斬り裂くようなヒュンッ! 空気を押すようなブォンッ! と2つの音を出して、ミノスの一撃は俺へと向けて放たれた。


ズドンッ!


その衝撃は俺の体全身、骨の髄まで響き渡る。俺を通り越して、背後を空気が駆け抜ける音も聞こえた。

そしてその一撃を受けた俺は……全くの無傷だった。


「馬鹿な!? ……馬鹿な……馬鹿な!? 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!? 何故耐えられる!? 前回と同じ強さで叩き込んだはずだ。その際、お前は10メートルは軽く吹き飛んだはず……」


ミノスは拳を俺の腹から離し、ジリジリと少しずつ後ろに下がる。その瞳には混乱と軽い怯えが見えた。


へぇ、これが魔王軍幹部の一撃か。久しぶりに会った大型犬に、寝転がっていたら腹の上に乗り掛かってこられたような威力だったな。

それなら勇者が10メートル吹っ飛ぶのも理解できる。


「簡単だ、俺は修行した。それだけだ」


俺はミノスに嘘をつく。修行をしたことなど当然ながら一度もない。でも周りの兵士にはそう伝えておいた方が後の事を考えると良いだろう。

ミノスもその方が納得してくれるはず。少なくとも、周りの魔王軍の奴らがそう伝えてくれれば良い。


「さて……今度は俺の番だ。簡単にはくたばってくれるなよ、ミノス」


俺は指をポキポキと鳴らしながらミノスの方へとゆっくり歩く。


「く、来るな! こんなもの、もう決闘ではない。ただの虐殺だ!」


なんだ、怖くなったのか? それとも、本当に決闘じゃなくて虐殺になるからやりたくないって事か?

どちらにしろ、俺には関係ないな。


「もう遅い。俺をあれだけビビら……これだけ昂(たかぶ)らせたんだ」


おっと、本音が少し出てしまった。すぐに修正する。


「くっ……う、うぉぉぉっ!!!」


ミノスは意を決し、再び俺に向かってくる。その瞳からは恐怖が窺える。うん、分かるよ。俺もさっきまで同じようにビビってたし。

もう投げやり、自暴自棄にただ突っ込んできているだけ。そんな攻撃が今の俺に通用するわけない。


「はぁ……遅い」


俺は迫りくるミノスを相手に聖剣を抜き、上へと掲げるように構える。……一撃で決める!

ゆっくりとスローモーションで動くように見えるミノスへと向けて、俺は聖剣を軽く振り下ろす。


ズゴゴゴゴゴォォォッッッ!!!!!


聖剣から放たれる一撃はミノス、そしてその先にあるもの全て、地面すらも削り、斬り裂いた。

そして土煙が晴れ、地面には死体状態のミノスが発見された。


「…………おい審判」


「っ! ……え? あ……しょ、勝者……勇者!」


アリアさんは……いや、周りの誰もが驚きすぎて、目と口を大きく開いていた。いつまで経ってもコールがされないので、俺はアリアさんに声をかける。

アリアさんも呆然としていたが、俺の一声で意識が覚醒したようだ。


アリアさんの勝利宣言を聞き、静まり返っていた周りのあちこちから歓声が上がる。

まぁ、魔王軍側の方は「嘘だろ、ミノス様がやられた……?」「勇者って雑魚だったんじゃ?」みたいな会話でザワザワしていたが。


「魔王軍よ。この国は俺がいる限り落ちることはないと思え。さっさとそこの男の遺体を抱えて消え失せろ。魔王にはこう伝えておけ。お前は我が殺す。せいぜい震えていろ、と」


俺は魔王軍の人々に向けて宣言をする。するとミノスの遺体をそそくさと抱き抱え、火の粉を散らすように去っていった。

よっし、ハッタリが効いたぜ!


「モブさん!」


魔王軍の奴らが消え去ると、後ろから俺の名前(あだ名)をよぶアリアさんがいた。


「あの、怪我はないんですか? ミノスの一撃をもろに受けていたようですが……。と言うかあの戦闘力は一体……?」


アリアさんも驚いているのだろう。焦って取り乱し、聞きたいことをズバズバと聞いてくる。


「特に特別なことは何も……。ただ、運が良かった……いや、悪かったの方が正しいのかな? それだけです」


「……?」


アリアさんはキョトンとしながら首を軽く横に倒す。あぁ、いま理解されてないな。まぁ、出来たらできたで怖いけど。


「つまり、この勇者の聖武器と聖武具は本物なんですよ」


「え?」


「本物の勇者が身につけていた武器や武具が模造品です。見た目はほぼ同じなので、勇者に渡す際におそらく取り違えたかと……」


俺は目を逸らしながらアリアさんに伝える。だってこれが本当なら、思いっきり国のミスってことじゃん。


「そんな馬鹿な!? ……勇者武器の取り違えなど! そんなことある……わけ、が……。あぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」


アリアさんも最初は驚いていたが、誰が勇者に武器などを渡したのかを思い出して頭を抱える。

勇者に武器を献上したのは、おっちょこちょいで有名なこの国の王妃だ。そして、エミーリオも例外なくその血を引いている。


おそらく王妃が本物と模造品を取り違えて勇者に渡したのだ。そのせいで勇者は敗北したのだろう。

勇者の力を10分の1しか引き出せないんじゃ幹部に負けても仕方ないわ。勇者……哀れすぎる。


……いや、勇者も気付けよ。……いや、正確には違和感を覚えていたか。確か勇者の武器や武具をつけた際、『勇者になった! 選ばれた!』みたいな感覚があったと供述していたが……それ、ただの違和感だから!!!

俺は何も感じなかったんじゃなくて、しっくりきていたから違和感を感じなかったんだな。


そしてなによりも、仮にも森と呼ばれている場所を3分で走り抜けるなんておかしい。

あの時も武具を装着していたから、あんなに早く森を抜けたんだ。


あの時は出来るだけ早く逃げたいと言う焦り、武器や武具を換金しようと言う欲望、エミーリオへと罪悪感。

そのおかげであまり周りを見ずにただ走っていたから気づかなかったけど、俺はものすごい速度で走っていたんだろう。


こんなことがあったから俺は余裕があったのだ。半分賭けだったけど、当たって良かった良かった。

そのことを全部説明すると、アリアさんに無言でボコボコに殴られた。防具以外の顔などを主に。


「ちょっ、そこは防具つけてないから……!!! って俺の股間に向けて蹴りを放つはやめてください! そこは防具があっても痛いんですから!?」


鎧の関節部分は薄くなっているからな。その場所をアリアさんに思いっきり蹴られたら俺でも死ぬ(男として)。


「まぁ、勝てて良かったですよ。これで俺の役目って終わーー」


「終わりなわけないでしょう。魔王軍幹部を倒した以上、あなたは魔王軍に危険戦力として認識されます。武器や武具を捨てたとしても、念のためで殺されるのがオチです。あなたはもう、勇者として生きるしか道がないのです」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


平原に俺の悲鳴が響いた。あぁ、なんでこんなことに! 俺、ただの村人なのにぃぃぃっっっ!!!


***


魔王軍基地にて。


「ミノスがやられたそうだ」


「ふっ、奴は魔王軍幹部の中でも最弱」


ミノス、哀れ!!!


***


モブの平和が訪れる日は来るのだろうか? ただ一つ言えることがある。それは、この物語は、ただの村人が勇者(偽)として、いずれ世界を救う男となる物語だ。








ちなみにモルティーブが勇者の聖剣などを装着できたのは、モルティーブが元勇者の子孫だからだ。血が反応でもしたんだろう。

顔が似てたのは、同じ日本人から似てる人間が生まれた、ただの偶然。

よって、彼は(勇者武器つけなきゃ)ただの村人だ。


〜完〜

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