モブ、王女を即落ちさせる

さ〜て王様からのお呼び出しだ。……嫌だな。めんどくさい。今からでも逃亡を……。

アリアさんを一瞬見ると、『え? 行きますよね? まさか行かないおつもりですか?』と目で脅された。


「ふむ、さて行くか。王を待たせるのもまた一興。だが、それは今ではない。我を案内せよ」


ふっ、決して脅しに屈したわけではない。これは世界が定めし最良の一手(1番俺が安全な選択)だ。……心の中でもキャラ付けは大事だからな。


そうそう、エミーリオ・ボトム・グラシェルティーナ。彼女はこの国の陛下の娘で、俺と直接会話するのは初めてらしい。

よし、少しぐらい不都合があっても大丈夫……なはずだ。

俺が本当の勇者でない事を知っているのは、今から謁見する王様と王妃。

アリアさんや男女おとこおんな(ヘルティス)、ほかの『聖域サンクチュアリ十二騎士トゥエニナイツ』の人だけらしい。


……さてさて、めちゃくちゃ緊張するんだけど。だってこの国のトップだよ? もうすごすぎて訳がわかんないよ。

なんで俺こんなところにいるんだ? 俺が勇者と似てると思われた最初の理由……ヘルティスの馬鹿野郎!!! 


そのまましばらく歩くと庭園を見渡せる二階からのテラスがあった。その庭園は悲惨なことになっていたが……。

そして最後に長めの階段を上り、大きめの扉の先に玉座があるらしい。


その大きめの扉は大変頑丈で、大抵の魔法なんかは無効化できる仕様らしい。

いざと言う時はこの場所に逃げ込めば安心とアリアさんが言っていた。

いや、王城が襲来されるほどのヤバい奴らがきてたら、扉一枚ほとんど意味ないと思うんだけど……。そして一つだけ欠点がある。それは……。


「「「せぇ〜のっ!!!」」」


扉が重たすぎて、王城を警備する衛兵さんたちが数人がかりで体重を乗せないとびくともしないのだ。

……逃げるために入るために、逃げる前に追いつかれて殺されそうな設計。……これが本末転倒か。


***


「よくぞ修行より舞い戻ってきたな勇者よ」


そう言い頭をハゲ散らかして、ぶよぶよのお腹を惜しげもなく見せつけている(ようにしかみえないが多分違う)のがこの国の王様だ。

……俺、この人、生理的に無理なんだけど。


「はっ、我が闇の……勇者の聖なる力をさらに高め、遅れて参上致した勇者だ。俺のいない間、この国の連中を不安にさせてしまったが、もう心配はいらない。何故って? 我がきたからぶへっ!!!」


遠くで膝をついていたアリアさんが全力ダッシュで近づいてきて殴られた。

後で聞いたが、勇者と言えどもあの口の利き方はしなかったそうだ。

……なんでその事言ってくれなかったの! 俺、本当は村人なのに!

事が終わったら打ち首になる可能性は……。


「うぉっほん。それで、だ。勇者から預かっていた聖武器や武具などを返還する」


王様がそう言って手をあげた。するとエミーリオが聖剣を持ち、それを筆頭に武具が運ばれてきた。……それ、どう考えてもエミーリオには重たいんじゃないかな?


ガシャーン!


……ですよねぇ! 周りの従者たちも武具を手に持っているので、仮にも勇者が使う武具を床に置くか、エミーリオを起き上がらせるかでおろおろしている。


「……大丈夫か?」


しょうがないので俺が行く。て言うか俺しか行く人他にいないだろ。

ここで勇者が行かなくちゃ、誰が行くんだって話だ。アリアさんが俺を蹴飛ばしたのは、これで周りの人たちからも怪しまれない確率が上がるためだろう。

決してこの前、胸を触ったことを怒っての仕返しが含まれている事はないだろう。……多分。


「え、あ……ありがとうございます、勇者様」


エミーリオは俺の差し出した手を取り起き上がる。そして急いで落とした聖剣を手に取り、僕に手渡した。だが顔は下を向き、耳までも赤く染まっていた。

そうだよな。あんなに重要な場面でコケるなんて恥ずかしいよな。俺は何も見なかったことにしといてやるよ。安心したまえ。


「うぅおっほぉん!」


何故か王様が俺を視線だけで殺せるほどの眼力を向けてくるんのだが、何故だろう? 対応を間違えたのか? 娘の失敗を曲がりなりにも助けたと思うんだが……?

そんな考えを頭に浮かべる間にも、他の武具はこちらに運び込まれた。


さて、事前に話で聞いていたが、この武器などは本物の勇者の聖剣などではないらしい。

本物は勇者が勝手に持って行ったそうだ。……この国も勇者もどっちも悪い!


話がズレた。ならこの武器は何か? 答えはアリアさんから聞いていた模造品だそうだ。

模造品と言っても、見た目はまったく同じもので、見分けもつかないらしい。

性能は残念ながら本物の十分の一。はい、俺の人生終了しましたっ!


「さて、今ここで着用せよ」


俺は王様にそう言われたので従った。……当然何も感じない。

後で聞いたが、勇者が本物の聖武具などを身につけた際は、なんとなくだが『選ばれた!』みたいな違和感というか普段は感じない変な感覚があったらしい。

当然、俺にはそんな違和感などない。……はぁ。


「ふ、ふむ。なかなか様に……なってあるじょ。…………ぶふっ」


おいこら、噛んでしかも笑ってるじゃねぇか。笑ってないの、エミーリオだけじゃねぇか。

……しかも、キラキラとした視線を飛ばしてくるんだけど。

俺本物じゃないからまじで心がえぐれるんだけど。俺、なんでこんな幼い天使を騙してるんだ?


***


まぁ、その後も色々あったが、無事何事もなく終了した。……そう、色々あったのだ。だが、なんとか何事もなかった。

そう……いいか、何事もなかったのだ。


「あの、勇者しゃま! ……失礼、勇者様。先程は飛んだ失礼をしてしまい、申し訳ございません!」


玉座から退出してすぐのことだ。エミーリオが俺に頭を下げてきた。しかもまた噛んで。

これはもう、この子の宿命なのだろう。温かい目で見守ろう。そしてもしやばい時は助けてやるか。

それよりも失礼……何のことだ? 俺は一瞬考えたが、聖剣をこけて落としたことかと納得した。


「気にするな。あれしきの事で怒りはせぬ。それよりも、お前の体の方が心配だったぞ。せっかくの綺麗な体だ。無理はしないようにな。お前はまだ、小さく可愛い女の子なのだから。お前のような者のために、俺は戦っているのだ」


(戦ってません。強いて言えばボロを出さないように、最新の注意を払って己と戦っています)


俺は片膝をつき、手を伸ばしてエミーリオの頭を撫でながら微笑みかける。

今の身長は俺の方が低くなっているので、エミーリオの顔はよく見えた。


先程は見えなかった顔には、うっすらとだが涙が出ていた。俺はそれを見て、ポケットに入れておいた(アリアさんに入れられた)ハンカチを取り出し、エミーリオの涙を拭う。


最後に立ち上がり、頭を撫でて終わった。お姫様なんだから、髪型のセットとかあるだろう。

俺はできる限り、自分で撫でてくしゃくしゃになった髪型を、また撫でるように整えた。


「それじゃあ」


俺は速攻で立ち去ろうとして、服の裾が微かに引っ張られていることに気付いて振り返った。


「なんだ?」


俺はエミーリオにそう尋ねるが、エミーリオは口を閉じたままだ。そして数秒が経った。


「…………勇者様」


エミーリオが口を開く。


「なんだ?」


「……また、会えますか? ……私とまた、会っていただけますでしょうか?」


エミーリオは下げていた顔を上げてそう聞いてくる。本当はボロを出したくないので会いたくはないが、エミーリオの不安げな表情を見て、そんな考えは消し去った。


「あぁ、会えるさ。また会おう、エミーリオ」


エミーリオの手が緩んだ。俺はその隙を見計らってエミーリオから逃げ出した。

あれ以上喋っていたら危なかった。素で話してしまっていたかもしれなかった。

次からは気をつけようと、俺は心に誓った。


部屋に戻るとアリアさんに『このロリコンが!』と冤罪を掛けられた。

『違う!』そう否定すると『お前は女ならなんでも良いのか? このクズ!』と罵られた。


俺、Mじゃないから普通に傷つきますよ……。


そして、翌日、魔王軍の幹部の1人が、この国を狙っているとの情報が入ってきた。

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