その4 黒白に暗躍

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 外観に特殊性は感じないのに、一歩踏み入れると暗闇が広がっている。そんなオフィスビルの中。

 一人の少女が、そこに広がる異様な空間をまっすぐに進んでいく。黒と白のロリータ服に身を包む少女は、足元すらおぼつかない視界をものともせずに、扉の前にたどり着いた。

 コン、コン、と二回ノックをして「ただいま」と小さく声をかける。


 扉から「おかえり」と声がして、少女は扉をすり抜けた。




「ただいまもどりました」

 少女はもう一度、今度は普段の自身の口調で帰ってきたことを告げる。

 出迎えたのは、前髪で完全に目元を隠した少年だった。もしかすると、少女かもしれない。


「リリアだぁ、おっかえりぃ。学校?」

「そうですよ。今日は委員会でちょっと遅くなってしまって……。あれ、今はヴィルさんだけなんですか?」

「ここにはボクだけだけど、奥の空間でピエロとレイナが能力授与してるよぉ」


 ヴィルは座っていたゲーミングチェアをくるりと回転させて、リリアに振り返る。ヴィルの背後には、探偵もののドラマで時々見るコンピュータールームのように、この建物のそれぞれの空間を映すモニターの映像がいくつも広がっていた。

 これが、ヴィルの能力クオリア箱庭ケージ」である。

 このビルの入り口の暗闇も、奥にある扉をくぐった先のこの部屋も、それから他の空間もすべてがこの長い前髪の子供の能力で拡張されて、本来と異なる姿をしているのだ。


 今二人がいるこの部屋はよくあるモニタールームのようだったが、特異な点といえば、それぞれの画面がレトロゲームよろしくドット調であること。ヴィルの「ゲーム脳」に宿った能力は、こうしたところにその嗜好を反映している。

 この画面はこの画面で味があるが、画面ごとの詳細な出来事を把握するのはやや困難だろう。


「あとジャックがゲームの仕込み中だねぇ」

「ああ。今回はあの人がサクラなんですね」

「ちょっと前にピエロが言ってたよぉ。さてはリリア、興味ないな?」


「まあ……。自分が出なくていいゲームは気が楽です」

 少女は一瞬だけ目を泳がせて、すぐに本音を返した。それを咎めるでもなく、ヴィルは大きく上下に首を振る。

「好き好んでこのゲーム運営したいわけでもないしねえ」

「そりゃそうでしょう。こんな悪趣味なゲーム」


 リリアの声には棘があった。まるで魚に刺さる釣り針のような、口内に刺さる自身の言葉に、ゴスロリ衣装の少女は無意識に眉をひそめる。


 ヴィルはそれを見ると瞬きをふたつ。

「そんな仕事だけどボク今悩んでてぇ~。リリア、手伝ってよぉ」

 思い出したようにわざとらしく言って、再びモニターに向き直った。服の袖に完全に覆われた指先で器用にキーボードを弾いて、リリアに言う。




「ヴィルさんの仕事って……、能力を使ったゲームの空間づくりですよね? 私にできることなんてあるんですか?」

「あるよぉ。もう大まかな舞台設定は終わってるんだけど、参加者の転送位置を決めたりとか、壁の一部をもろくしたりとかぁ……。そういう裏作業みたいな陰湿なやつ、リリア得意でしょ?」

「悪口ですよね、それ」

 ヴィルの言葉を払いのけながらも、リリアはモニターの横におかれた紙の資料を手に取った。


「今回の参加者だよぉ」

「でしょうね」

 ぱらぱらと資料をめくりながら、リリアは参加者それぞれの特徴を整理していく。めくる手がやけに早いのは、見知った顔も混じっているからだ。


 見知った顔、つまりこれまでにも参加したことのある参加者が多いというのは、このゲームにおいては珍しいことではない。いくら自分の仕事と関係のないことに興味を持たないリリアとしても、「起爆剤」として運営局からスカウトした人材のことくらいは頭に入っていた。

 素人ばかりで「殺し合い」のサバイバルゲームをしたところで、展開が大きく動くはずもない。ならばどう面白くするか、といえば面白くするための工夫がなされるのは当然のことなのだった。


「今回、暗殺者コンビも参加するんですね。ゲームの後始末、面倒にならなければいいなあ……。あ、今回この二人は離れた位置からのスタートにしてみませんか? お互いを探すことに集中してくれたら、死体が減るかも」

「人道に外れたことを言うねぇ」

「そうですかね。どちらかといえば人道的な気がしますけれど」

「まあいいけどぉ」

 ヴィルは適当に返しながらコンピューターを操作する。それ以上その話を広げないのは、こんなゲームの運営に携わっておいて人道も何もないことを、お互いに理解しているからだろう。



「じゃあその二人は遠くに配置するとしてぇ……。「あの」三人はどっちにしてもすぐ合流するだろうから近くでいいかなぁ」

「いえ。フードの三人組のことですよね? だったらばらしておいた方が、いい画が撮れると思いますよ。合流のときに能力使ってくれるだろうから。この大学生の方はご友人と一緒に参加されるんですね。この集団はある程度近い位置の方がいいと思います。一人で何にもできない、ってシーンを見せられたところで視聴者にも管理局にもウケが悪いでしょうし……」


 ヴィルの視線はもうコンピューターに向いてはいなかった。流れるように理屈を紡いでいく少女の姿を見ながら、先ほどとは違う意味でぱちぱちと瞬きを繰り返している。

「リリアってこういうの向いてるんじゃない?」


「いまさらですか。私の能力なんだと思ってるんです」

「あ、あ~、そっかぁ。確かにそうかぁ」

 ヴィルは記憶の端からリリアの能力を思い起こした。あれは確かに、どんな場面でも応用が利きそうな能力だ。こうした、ターゲット層の心理を掴む必要がある場面では特に。


「それでも、これは私の仕事ではないんですけれど……。今は手が空いていますし、お手伝いくらいはしますよ」

「助かるぅ~!」

 言いながら、リリアはさらに資料をめくる。参加者の属性や参加を決める経緯、授与後に発現した能力などの断片的な情報を読み取っていく。動きを推測して、よりゲームが盛り上がるように舞台を整えるために。


 ふと、リリアの手が止まった。

「少し待ってください。この人……」

「どうしたのぉ?」

「この人のことを、殺したい人を知っているかもしれません」

「うん?」

 ヴィルは首をかしげる。言葉の意味も、その意図も上手くつかみきれなかったから。


 そんな様子にはお構いなしに、リリアは一人何か悩んでいるようだった。

「でも、それでいいのでしょうか」

「ねぇ、ボクのこと見えてる? 声聞こえてる?」

「見えています聞こえています。そう、そうですね決めました」


 何のことかさっぱりわからないヴィルを置いて、何かを決断したらしいリリアがマイペースにいう。


「今回のゲームの参加者って、人数的には足りているんですか?」

 それは完全に自分の都合だけで話を進めようとする口調だった。

 諦めたように何も追求せず、ヴィルは事実だけを返す。

「あと二、三人欲しいって聞いてるけどぉ」


「そう……。じゃあ仕方ないですよね。私、に一人心当たりがあるので、お誘いしてきます」


「どんな子ぉ?」

 そう尋ねる声音には、少なからず好奇の色が含まれている。人の心とその動きを高い精度で予測する彼女が、ゲームをより盛り上げることができる存在として選んだ人材に興味を抱くのは、無理からぬ話では合った。

 そして、ヴィルは返ってきた声に少し後悔することになる。


「一言でいえば、復讐者です。管理局はこういうの、きっとお好きでしょう?」

 復讐なんてろくでもない——そう思ったとしても、そうたしなめる者はここにはいない。そうでもしなければ生きていけない人間のことを、知っているから。

 だからヴィルは、質問したことを少し悔やんだだけで、思考を別のところへ移した。


「確かにねぇ……。えっちょっと待ってボクの仕事の手伝いは?」


 焦るヴィルにリリアはにこりと笑って、踵を返す。

「それじゃあ、後は頑張ってくださいね」


 そんなぁ~、なんて空気の抜けるような声が部屋に小さく響いた。

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