結局世のなか愛と金

といろ

プロローグ 電波ジャックと開幕宣言

 それは八年前唐突に起こって、今はもう人々に受け入れられてしまった出来事。



 街ごと寝静まるには少し早い午後二十三時五十二分。都会の電光掲示板が、地方のデジタルテレビが、そして各個人の端末が、一つの動画を再生した。



「んレディースアーンドジェントルメン! ボーイアンドガァルズ?」

 露骨なカタカナ英語が夜の街をジャックする。


 動画では、軍服とサーカスのピエロ服を掛け合わせたみたいな変わったスーツの青年が一人、カメラ越しにこちらを顔を向けていた。青年の糸目は、前が見えているのか定かでないほど細い。軽薄な笑みを口端に浮かべて、妙に芝居めいた大仰な口ぶりで青年は続ける。



「親愛なる紳士淑女のみなさま、それから良い子でいられない少年少女諸君、ハジメマシテ。こうして突然のご挨拶となってしまったご無礼をどうかお許しくださいませ。

 私が今回こうしてみなさまにご挨拶しておりますのは他でもない。みなさまに愉快痛快なゲエムを、ご提供させていただくためでございます」


 んふ、と笑った青年は、白い手袋をはめた指を鳴らす。それが合図だったのか、青年の背後にあったスクリーンに、廃工場のような建物から煙が上がっている映像が映し出された。



 その映像の上に、白い文字が流れていく。「コメント打てる~」「突然この動画流れ出したんだけど」「何これ?時報?」「趣味の悪い広告だな」「スキップできないんだけど」「なんでこれ動画の中の動画?にコメント出るわけ?」「視聴者からのコメントが流れる仕組みらしい。



 その様子を一瞥して、青年は首を左右に振りながら言う。

「コメントを頂けて嬉しい限りでございますが、まずは何卒、こちらの映像をご覧くださいませ」



 映像では派手な爆音とともに、黒いフードを羽織った小柄な三人組が笑い声を上げながら駈けていく。三人組の中の一人の手には、何かのスイッチのようなものが握られている。そのボタンが押されるたびに背後で爆発が起こることから、騒ぎの主犯はこの三人のように見えた。残りの二人の手には蓋の閉まり切らないスーツケースが握られている。蓋の閉まり切らないそれから、札束が見え隠れする。



「こちらは、すでに実施したゲエムの様子でございます。

 このゲエムの趣旨を説明しろと申されるのなら、それは単純明快。お金をかけたサバイバルゲームです。お金、みなさまもお好きでしょう?

 もちろん、命の保証はありません。サバイバルですからね」

 青年は再び、んふ、と笑う。

「続いてこちらをご覧ください」



 青年の指先が映像を指し示す。そこには黒いスーツを着た十数人の男の姿があった。先ほど爆破された廃工場によく似ている。


 黒いスーツの男たちは各々が札束を手にしていた。彼らの足元には総額何円になるのか想像もつかないほどの大金が転がっている。男たちの口元には表立って笑みはないものの、嬉しそうな眼の色は映像でも隠し切れていない。



 その札束が、突如つぷん、と影に沈む。同時に男たちの足元へ果物のレモンのようなものが転がった。

 短い悲鳴と爆風。男たちが握っていた一万円札が宙を舞う。視界の端に何か赤いものが飛んだのが見えた。一拍遅れて映像が途切れる。



 続けて、先ほどと同じフードの三人組の姿が映った。



 「は?まじ?しんだの?」「意味わかんなかった」「えっえっどういうこと」

 止まらないコメントをよそに、話は続く。


「少々グロテスクかと思いますので、実際に生身の身体が吹き飛ぶシーンは編集でカットさせていただきました。ですが、これは実際に行われたゲエム。残念ながら、すでに先ほどの彼らの命はありません。

 お察しの方がほとんどででしょうが、騒ぎの主犯は先ほどのフードの少年少女。黄色い彼女の能力(クオリア)は、こうした多数を相手取るのにお誂え向きですからねえ」




 んっふっふ、と大きな笑い声が都会に数ある電光掲示板から響く。ビルに反響して、何重にも聴こえるそれは異様だった。

 ひとしきり不快な笑い声が続いた後、思い返したように話が戻る。




「嗚呼、大変失礼いたしました。能力についての説明がまだでしたね。いえ、私どもといたしましては、それは正直どっちだっていい事柄ですので。オマケ……、参加賞みたいなものなんですよねえ」


 言葉を返す者もいない動画の中で、右へ、左へと歩きながら、ピエロに近い装いの青年は独り言ちた。


「皆様にとっては気になるところでしょうし、お話くらいはしておきましょうか。それで参加してくださる方が増えれば万々歳ですし。そう、この放送は宣伝なのですよ。参加者を見繕うためのね。我々は、みなさまにこのゲエムに参加していただきたいのです」



 こほん、とわざとらしく咳払いをして、青年は笑みを深める。


 背後に流れていた動画は逆再生されて、場面が巻き戻っていく。スーツ姿の男たちが巻き込まれた爆発の直前、レモンのようなものがどこからか床に転がってきた場面で、一時停止した。




 「何巻き戻しとかできんのこの動画?」「コメントは流れてる」「凝ってんなあ」「いたずらと思えなくなってきたんだけど……」




「このゲームに参加いただけた方には、参加時に運営から異能力をプレゼントいたします。

 能力(クオリア)の内容は受け取ったあなた次第。例えばこの動画の、美味しそうで見るだけで口が酸~~っぱくなってしまいそうなレモン。これはフードの三人組の一人、黄色い彼女の能力なんですけれどもね」



 「酸~~っぱく!」、と大げさに言って見せるのに、青年の表情は深い笑みが張り付いたまま。口をすぼめる様子すらない。

 かつかつと音を立てて青年はスクリーンの距離を詰める。画面越しにレモンを撫でて、またこちらへ振り向いた。

 同時に映像がスローモーションで再生される。レモンから煙が噴出して、爆ぜるまでの過程がはっきりと映っていた。



「これが、まあ爆弾なんですけれど」


 顔には笑みが浮かんでいるにもかかわらず全然楽しくなさそうな青年は、それでも声でだけは楽しそうに見せる。

「これは彼女の能力によって、爆弾に生まれ変わったレモンなんですよ。このゲエムに参加するときに、黄色い彼女はこの爆弾を生んで遠隔操作することができる力を手に入れたというわけです。

 なんとも戦闘向きの能力でしょう?」



 「すげええええええええ」「うそくさ」「中二病おつ」「いや説明雑じゃね?」と好き勝手に視聴者コメントが流れていく。



 青年が一度口をつぐんで動画を見つめていた。しばらくして、寄せられたコメントに目が留まったのか、再び口を開く。

「嘘、ではないんですけれど。信じてもらうのは難しいでしょうね。なにせ、非現実的ですから。奇跡なんて、実際に遭遇したことがない人からしたらただの嘘ですからねえ」



 「証拠出せよ!」「名言っぽくいっても嘘くさいだけ」「証拠はよ」



 荒れ始めたコメントに、青年はやれやれと肩をすくめた。「つまらない人たちですねえ」と少しだけ小さな声をわざとマイクに拾わせる。


「これ以上ここで、何か証明のようなものをお見せするつもりはございません。無理に信じてもらうつもりはございませんので」



 青年の言葉は、火に油を注いだようだった。目に見えてコメントの流れが速くなる。

 「うわいまつまんないって言った?」「おいこら聞こえてんぞ」「なにさま」「やっぱ嘘なんじゃん」「うざ」「ていうかだから何なのこの動画」「ゲームの目的は?」



 都合のいいコメントだけを拾い上げて、青年の話は終盤へ。

「そうですね、もちろん、ゲエムの目的は告げるつもりでしたよ」


 青年はやはり、んふと笑って、宣言するように言い放った。


「愛とお金と、どちらが大事なのかという命題があるでしょう? この命題について人それぞれの答えがあってしかるべき。しかも、愛なんて言葉が指す範囲は広すぎますよね。……でも、私共は思うわけですよ。

 結局ヒトは自分の利益を優先する生き物である、とね。その一番わかりやすい例がお金でしょう。

 だから試してみたいのです、命を懸けた局面でヒトは何を守るのか。何を捨てて、何を得ようとするのか。

 せいぜい楽しませてくださいね。みなさまのご参加を心よりお待ちしております」




 放送はぷつんと途切れて、もう誰のコメントも映らない。あとには静寂と困惑が残った。

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