加持翔也

 加持の瞳を見ると昔の記憶が思い出された。昔といっても数年前のことだけど。まだ学生服に身を包まれ将来に羽ばたこうとしている時期のこと。


 真島という名前の僕はあだ名でまーしーと呼ばれていた。本当は名前の和也で呼んで欲しかったんだけど、呼び名を変えさせてイラつかせてしまったらどうしよう、嫌われたらどうしようという過度な被害妄想から何も言えないでいた。

 昔からこういう性格なのだ。何かあっても、言いたい事があっても保身に走り無事で済まそうとする。だからというわけではないが友達が少なかった。要するに喋っても面白くないのだ。だけど友達との繋がりが大事な高校生活。そんな性格の癖に友達欲しさが出て空回りしてる日々だった。


 一方で僕と同じように友達が少ない人がいた。いや、彼は僕と違って作ろうとしていなかった。一匹狼というべきか、飄々とした感じで大勢と群れるのを避けていた。少し大人びていた彼はクラスメイトからもクールでかっこいいと人気があった。同じ様に友達が少ないのにこの差は何だろうと自己嫌悪に陥ったものだった。

 だから、羨望とも嫉妬ともいえる目線をそいつ、加持翔也に向けていた。彼にとって僕は毒にも薬にもならない、いてもいなくても一緒の存在だったのだろう。向こうから離しかけてくることはなかった。用事があれば少し会話するくらい。ちっぽけなプライドがある僕も「かっこいいね、憧れるよ」なんて話せるわけも無くぎこちない関係だった。

 唯一の共通点といえば、あだ名が少し似ていることだった。昔、彼はかーじーと呼ばれていたみたいで、彼と一緒の中学出身の人はそう呼んでいた。まぁ、特に関わりを持ってなかったので知ったのは同じクラスになってから随分後のことだったのだけれど。


 そしてあれはいつだったかな、秋だったか冬だったかのマラソン大会の日だった。

 約10キロの道のりを走る苦行を学校側は生徒に強制してきた。しかも終了後の褒美はオレンジジュースという、どう考えても人を舐め腐っている行事である。

 運動が得意ではない僕は中間地点を折り返してすぐに足がもつれてこけてしまった。幸い足が遅かったのでそんなに勢い無く転んだので怪我はたいしたことなかった。なかったのだけれど痛いものは痛いし歩いて帰りたかった。ただでさえ遅いのに歩きなんてしたら最下位どころか予定終了時間を大幅に遅らせるかもしれない。クラスメイトのイラつく姿が容易に想像できた僕は無理やり走った。


 

必死に走っていたから多分ものすごい顔をしてたんだと思う。


「おい大丈夫か?」

 

不意にそんな声をかけられ、横を見ると加持が並んで走っていた。彼は運動が得意で足も速かったはずだったのになぜここに?

 一応少し息を切らしているものの涼しげな顔を顔をしてる彼を見て確信した。手を抜いて走っている。クラスメイトは誰が何位だ、俺より上か下かと競い合うのに彼は順位なんて心底どうでもいいのだろう。僕が加持の立場なら早くにゴールしてみんなに自慢したがるかもしれない。


「返事もできないくらい痛いのか?」

 

少し黙り込んでしまってたようで追加で声がかかった。


「いや大丈夫、早く行かなきゃみんなに迷惑かかるから急がないと」

「は?クラスのやつなんか放っとけよ。怪我してるやつ責めるやつなんていねぇだろ。お前、血が相当出てるし無理すんなよ」


 彼の言葉に足に目を向けると、無理やり力を込めて走ったせいか傷は深くないのに血がたくさん出ていた。


「とりあえずゴールはもうすぐだ、歩いてこう。俺も走るのだりーし」

 

確かに無我夢中で走ったおかげかゴールの学校が見えていた。


 案の定僕は、いや、僕たちは最下位だった。仲良くないので無言で歩くという気まずさしかない最後だったけど。

 ワーストをワンツーフィニッシュした僕たちは、誰が呼び始めたのかまーしーかーじーと命名されて少しいじられた。彼の言った通りクラスメイトは最下位の僕を責めず、保健室へすぐ連れて行ってくれた。

 なんてことはない。加持はクラスメイトのことを理解したうえで仲良くしてないだけで、僕はクラスメイトを理解もせず嫌われるのが怖くて保身になっていただけだったんだ。その頃からか人を理解するって大切だなって気づき始めた。

 その後しばらくはまーしーかーじーと呼ばれていたが、加持は何も気にすることなく無視していた。しばらくして飽きがきたのか誰も呼ばなくなった。

 無関心って最強だなと思った。ただ、加持はこの頃から少し何か言いたげな目で僕を見るようになっていた。

 変なあだ名で呼ばれる事について何か言って欲しかったのだろうか。だけど僕は何をする度胸もなく、そのまま卒業してしまった。


 ***


 いま加持はあの時と同じ目で、同じ表情で僕を見ていた。何か言いたいのか、もしくは僕の言葉を待っているのか。


「そ、そこのパン屋もうすぐ閉店時間だよな、ちょっと行ってくる」


 やはり度胸の無い僕はそんな言葉を発し急いで立ち去ろうとした。そんな自分にあきれてしまう。何が「人を理解するって大切だな」だ。気づいただけで行動できてないじゃないか。と僕は自分を殴りたくなった。

 ホントはもっと色々な話したい。なにしてるの? なんで音楽かけてるの?卒業して何してた? ……僕のことどう思ってた?

 あぁ、頭の中ではこんなに質問が浮かんでくるのに。もやもやした気持ちを抱えたまま振り返らずに歩き始める。加持は今も同じ顔で見ているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る