その名は……K

こた神さま

第一章 復讐の幕は開かれた


 昼間は、暖かいが朝晩は、まだ風が冷たく、肌寒い季節。4月上旬。


 午後8時半。黒のジャンパーにジーンズ姿の若者が一軒のラーメン屋に入って行く。


 彼の名は、矢崎 駆。年は23歳。両親を早くに亡くし、兄弟もいない駆は、このラーメン屋の近くの古い二階建てのアパートで独り暮らしをしていた。


朝から夕方過ぎまで、コンビニで働き、午後10時から朝の5時まで警備員の仕事をしている駆は、コンビニを終え、夕飯を食べに、このラーメン屋に来るのが日課になっていた。


開き戸を開け、中へ入ってきた駆の姿を見て、この店の店主である、鈴木 庄司は、にっこりと笑う。


「よう!いらっしゃい!駆。」


駆は、カウンターの一番奥の席に向かい、腰を下ろすと、微笑む。


「おじさん、いつもの。」


「あいよ!」


常連客の駆の食べるものは決まっている。豚骨ラーメンである。


二人の話し声に店の奥から一人の若い女が顔を出した。庄司の一人娘である、奈未である。


「フフフ。声がすると思ったら、やっぱり、駆くん来てたんだ。」


奈未の姿に、駆は少し頬を染めて、微笑む。


「また、来ちゃいました。」


駆の隣の席に座ると、奈未は言う。


「また、豚骨ラーメン?」


奈未に言われ、駆は頷く。


「おじさんの豚骨ラーメンは美味いんです。」


「豚骨もいいけど、味噌も、お薦めよ。」


「そうですか。じゃあ、今度、味噌を頼みます。」


素直な駆をテーブルに頬をつき見つめながら、奈未は口元に笑みを浮かべる。

そんな奈未を見て、庄司が声を掛けてきた。


「おい、奈未。くっちゃべってないで店の手伝いをしろ。」


「何よ~。ちょっと、話してただけじゃない。」


プゥーと頬を膨らませる奈未に庄司は、言う。


「何、言ってやがる。さっきまで、奥に引っ込んでて、出てきやーしねぇで。駆が来た途端、顔を出しやがって。」


呆れた口調で言う庄司に、奈未は、顔を真っ赤にする。


「な、何、言ってんのよ!変なこと言わないでよ!

どうせ、暇なんだし、いいじゃない!」


ぎゃーすか言い争ってる二人を見て、駆は、クスクスと声を上げ笑った。


「笑い事じゃないのよ、駆くん。本当に暇なんだから、うちの店は。」


「ごめんごめん。ただ…羨ましいなって、思ったんです。俺、両親いないから。」


「あっ………!」


口を閉ざす奈未。庄司は、駆をチラッと見ると、こう言った。


「おめぇーは、俺んちの家族みてぇ-なもんだよ。」


「おじさん……。」


「そぉーだよ。駆くんは、私達の家族よ。」


奈未も微笑み、そう言った。


「……ありがとうございます。」


少し照れたように俯いた駆の前に、庄司は、ラーメンと餃子を出す。


「餃子はサービスだ。食いな。」


「おじさん…ありがとう。」


この二人は、本当の家族のように接してくれる。駆も、二人には、心を許していた。

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