精霊譚

KeY

序章

 この世界では様々な出来事が、まるで砂浜によせる波のように絶え間なく起こり続けている。

 静かな波、穏やかで心地よい波、激しく荒れ狂う波――。

 けれどもどのような波がこようとも、それらが過ぎ去った後にはふたたび砂浜が姿を見せる。

 砂浜――これが僕たちの日常だ。

 僕はそんな砂浜を想う。

 そして、様々なかたちの波が去っていった後の、それらが運んできたものや、連れ去ってしまったものについて……。


 僕はこれから、僕の暮らす街について語ろうと思う。

 街と、そこに暮らす人たち、そしてそれらを包むような水や空気や緑について。

 それらは言うなれば僕の世界のすべてであり、同時に僕はそれらの一部なんだ。

 

 僕の心は今、感謝の気持ちであふれている。

 もちろん、犯した過ちが消えることはないし、心の痛みが癒えたわけでもない。

 だけど、たとえ傷だらけの器だとしても、それを幸せで満たすことはできるんじゃないかってことを、僕は彼女から教わったんだ。深い傷で欠け落ちそうなところをどうにかしてささえながら、あるいは、誰かにささえてもらいながら。


 僕と、もうひとりの自分とが、ともにこのすばらしい世界で生き、暮らしたということの記憶――これこそが僕の、喜びに満ちた物語だ。

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