白虎竜①

 コージョーが秘蔵の手鏡で薄くなってきた頭頂部をじいっと眺めているとゾグルが声をかけてきた。

「偵察が戻ってきた。会議を始めるぞ」

 コージョーは鏡を隠すように素早くしまうと天幕へ向かうゾグルを追いかけた。

「コージョー、また禿げたのか?」

「いや、禿げたというか髪が細くなってきてなぁ」

「それを禿げたというんだ」


 コージョーはこの失礼な男を歳の離れた弟のように思っていた。

 長らく頭を務めていたハンザが少女と共に去って10年。若くして狩猟団〈水車〉の団長となったゾグルの苦労は言うまでも無い。数年前まではハンザと共に〈水車〉を創設した面々がまだ現役であったが寄る年波には勝てず皆、狩り人を引退してしまった。そうして、コージョーは〈水車〉の最年長となった。


 コージョーはハンザほど大きな背中を見たことはなかった。ゾグルの体躯はハンザよりも一回り大きい。また、熟練の狩り人から見てもゾグルの腕は超がつくほどの一流であった。それで

もゾグルが父を超えることはできない。


 コージョーだけはその理由わけを知っている。ゾグルは優しすぎるのだ。いつだって彼は〈水車〉やその家族のために竜を狩る。竜を狩ること自体が目的であったようなハンザに比べるとどうしても迫力不足が否めない。

それ故、今でも〈水車〉にハンザ宛の依頼書が届いてしまうことがあるのだ。


 ゾグルの優しさは彼の長所であり、弱さであった。


        ◯


 天幕に近づくにつれて中から漏れる声が聞こえるようになる。既に喧々轟々の様であることは外からでもよくわかった。

「厄介なところにいますね」

「火薬は油紙で包んでいかねぇと湿気っちまうな」

「聞いていた話より少し小さくないか?」

白虎竜ハ・ク・ルゥは飛竜だろその対策もいるぞ」

「槍は何本下すかなぁ」

 ゾグルとコージョーは天幕の戸布を持ち上げ中に入る。二人が奥の席にどさっと座ると一転して静寂が訪れた。


 ゾグルが手を打つと作戦会議が始まった。

「トンイ改めて報告を頼む」

 トンイと呼ばれた青年は狩猟団の中でも若く小柄で身のこなしも軽い為、もっぱら偵察を担当している。

白虎竜ハ・ク・ルゥは目撃情報どおりの地元の方が湯のチャチャン・タップと呼んでいる峡谷の底にいました。湯のチャチャン・タップの左右は急峻な崖でその名の通り、湯気が出るくらいのお湯の川が底を流れています。川の水深は浅く流れもそれほど急ではありません。昼間は川上から風が吹いて、僅かに腐卵臭しました。大きな岩や崖の陰など身を隠せるところもあります。

 続いて、白虎竜ハ・ク・ルゥですが川の湾曲部に石が堆積した場所の上で眠っていました。大きさは12タン(1タン=約1.8m 12タン=約22m)です。大きな傷、異常はなく健康体です。以上、報告です」


 トンイが席に着くと皆、ゾグルを見つめるだけであった。これだけ十分な情報が有れば、団長が判断を誤ることは無いこと信じているからであった。


「では、俺の意見から言わせてもらおう」

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