昼食
三人が仕留めた獲物は
「思ったより、小さかったですね」
ニアは沢の水で湿らせた布で顔を拭う。汚れが落ちた肌は日に焼けてなお白く、ほどかれた絹糸のような黒髪も水に濡れ、美しさが際立つ。ただ、瞳には艶やかな美しさとはかけ離れた、信念と決意を感じさせるを力強さがあった。
「それで、狙いが逸れたのか」
「そうです。すみません」
ニアが頭を下げようとするところを、ハンザが手で制した。
「いや、仕方ねえ。そういうことは俺もある」
今回は洞窟を飛び出した
「だがしかし、十ノ月の内にもう1匹狩らねぇと冬が越せねぇな」
ハンザは白い髭を触り思案する。ごつごつとした腕は、並みの男の倍ほどの太さを持ち、上着を脱いだ体には歴戦の傷痕が無数に刻まれていた。腰から首筋にかけて彫られた竜の入れ墨は所どころ途切れたり、ずれたりして、無残な姿になっている。
「そうですね。今回の奴は報奨金と素材費合わせて32ルアンといったところでしょうから、経費が8ルアンですので差引24ルアン。少し物足りないですね」
「マリバーンの奴はこっちの足元見て安く買いたたきやがるから嫌いなんだ」
「さすがは商売人てところですかね。私はあそこの奥さんの方が苦手ですね。優しいくていい人なのはわかるんですが……」
ニアは苦笑した。
茂みをかき分けて、おとなしい顔立ちをした黒髪の少年がやってきた。細い腕には大きなの爪を数本抱えている。
「素材回収、終わりました」
「おう。タリサ、ご苦労さん」
「いつもどおり、爪でよかったですよね」
「十分だ。目は大丈夫だったか」
タリサは曇りがかった左目にそっと手を当てると、ふっと微笑んだ。彼の左目は幼い頃の怪我が原因でもうほとんど見えていない。
「今日は結構、調子いいみたいです」
「そうか。なら、良かった」
そう言ってじゃぶじゃぶと顔を洗い出したハンザを見て、タリサも自分の顔にも乾いた泥や糞がついていることを思い出した。
「使って」
ニアは先程まで使っていた布をもう一度沢で洗うとタリサに差し出した。タリサは礼を言って受け取ると顔を拭った。
使い古された布切れだというのに、タリサは仄かな甘い香りを感じた。
「昼飯にするぞ」
ハンザがびしゃびしゃの長い髭を絞りながら声をかけた。
昼食は昨晩獲った鹿肉をジャンという辛みのある香辛料とアムイムという甘酸っぱい果物をすり潰た したものに漬けこみ、炭焼きにした。かぶりつくと、口中にじゅわっとあぶらが広がり、香辛料のいい香りがした。ニアが道中で摘み取ったラムという酸味のある果実を数滴絞ると、さわやかな味わいになり、これもまた実においしかった。
ニアは食べ足りなかったのか
「そいつの肉は、食べるのには向かねぇよ」
ハンザは髭を弄びながら言う。
「知っていたなら教えて下さいよ」
ニアは口を尖らせて抗議した。
「
「産業用なんですね。どおりで不味い」
タリサが言う。
「俺も昔、食おうとしたが、どうやっても不味かったんだ」
ハンザは悪戯っぽく笑った。
「この辺り水が綺麗なのにどうしてこんなに臭いんですかね?」
タリサは一口齧った肉を見つめて言う。
「俺も詳しいことはわからんな。食べ物が悪いんじゃないか?」
「そういう変なところ気にする辺り、タリサは学者向きね」
ニアは
「それで、次の狩りはどうしますか?」
「そうだな。北の山の麓で
「では、討伐回収の手続きと一緒に私が確認しておきます」
「案内も頼んだぞ」
討伐した竜の持ち帰りきれない肉は後日、商会から人夫を募集して回収するため、狩り人が道案内をする必要がある。ニアは「わかりました」とだけ返事をした。
「
タリサが訊ねた。
「若木みたいな擬似餌を持っていてな、待ち伏せで獲物を狙うんだ。ほとんど動かねぇから、そんなに苦労はしねぇはずだ」
「前に食べたことがあるけど結構おいしかったわね。硬いけど」
タリサとハンザは顔を見合わせ、苦笑した。
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