狩る者、生きる者

土屋シン

待ち伏せ

 タリサは薄暗い藪に身を潜め、じっと機会を窺っていた。彼は、身体に糞を塗りたくって長いこと師が獲物を誘い出すのを待っている。

 辺り一帯は木々が茂り、日がしっかりと当たらない地帯である。そのうえ沢に近く、流水に冷やされた空気が風に乗ってやってくるので、落葉の季節には身に堪える。

 蛙の口のように空いた洞窟の入り口では、姉弟子のニアが同じように糞と泥にまみれて、息をひそめていた。彼女は半身で腰を落としてた姿勢をずっと続けながら、脇に抱えた大筒の尻を地面につけ固定していた。

 成人男性の胸ほどの高さのあるその筒は火竜槍 ファルゥスと呼ばれる砲で、竜を狩るために使われる。火砲で槍を放つ前装式の砲で、強大堅固な躰を持ち、種によっては空を駆ける竜を倒すことができる数少ない武器である。

 タリサは近くに作られた水たまりが小さく波立つのを見て、地面に耳をつける。そう遠くない地下、洞窟の中から地響きが聞こえた。タリサが姉弟子に目配せをすると、向こうも気づいたようで抱えたを火竜槍 ファルゥス落とさない様に軽く肩で返事を返してきた。

 それから幾何の間もなく、暗い穴から高い笛の音が二つ響いた。加えて先ほどまでの地響きが巨大な足音であることがわかるほど大きく聞こえた。 

 タリサは風も吹いていないのに空気が一層冷え込んだように感じた。

 笛の音がもう一つ響き、足音は一層大きくなる。洞窟の天井からパラパラと砂塵が落ちた。

「いくぞー!」

 洞窟から低い声が響くと全身に血を纏った師ハンザが飛び出してきて、出口から10歩ほど先に用意していた泥だまりに音を立てて飛び込んだ。そうした間にも気配は出口に近づいてくる。

 ニアがごくりと喉を鳴らした瞬間、金切声が大きく響いて遂に獲物が姿を見せた。

 ニアは身の丈を超える巨大な影が洞窟から飛び出した瞬間、火竜槍ファルゥスを放った。雷の落ちるような轟音と共に火砲から放たれた槍が巨体の脇腹から肩甲骨にかけて貫通した。

 不意の攻撃を受けたその獲物はつんのめって姿勢を崩すと、その場でわめき、体を捻って暴れる。傷口から溢れる鮮血と厚ぼったい口から吐き出した大量の粘液であっという間に真っ赤な水たまりが出来上がった。

 ニアは暴れる竜を見て舌打ちをすると素早く手近な木陰に入る。それと入れ替わるようにして今度はタリサが矢のように茂みから飛び出すと、竜の髭の生えた鼻先に向かって腐った卵を投げつけた。

 卵が眉間にビシャリと当たると竜は金属同士が擦れる様な高い鳴き声で苦しみ、さらに身を捻った。

 その様子を見たハンザは徐に泥だまりから出ると側の木に立て掛けた火竜槍ファルゥスを担いで竜に近づいていく。まるで散歩でもするかのような悠々とした足取りだが、大鷲を思わせる鋭い眼光は巨体の動きをつぶさに観察している。ハンザは槍の突き刺さったままの肩を正面に捉えると今度は半身の姿勢でずりずりとすり足で距離を縮める。

 空気が一層重くなり、ざざざと騒いでいた森が一瞬不気味に鎮み帰ったのを合図にハンザは歩みを止めた。

 刹那、ぐぉうと音を上げ魚のような平たい尻尾がハンザの鼻先を掠めた。その瞬間、師は雷のように飛び出した。そのまま数歩、血だまりを跳ねるように走ると、背後から迫ってきた尾を一瞥もせずに身を屈めてかわし、地面についた片手で勢いを取り戻す。そして、低い姿勢のまま返す尾を掻い潜り、竜が鼻先を持ち上げたところ目がけ、ぶんと蹴りつけた。

 敏感な鼻先に受けた衝撃で竜が一瞬ひるむとハンザはそのまま頭を抑え付け、火竜槍ファルゥスの引き金を引いた。

 

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