第7話 憂うつ 2021/02/22

 朝、目が覚めた。

 

 布団から見上げる天井は代わり映えしなかった。僕は、ため息を一つついて、タオルケットの中に潜り込む。


「プール、嫌だなぁ…」


 僕は、朝から後ろ向き全開だった。


 そもそも、おかしいと思う。

 夏休みなのに、「休み」なのに、何で学校に行かなきゃいけないんだ。

 しかも、プールなんかのために。


 そりゃぁ、僕は泳げない。

 けど、何とか水に顔はつけられるし、水中で目だって開けられる。

 ちゃんと、塩素の錠剤だって、プールの底から取れるんだ。

 僕は悪くない。


 ただ、息継ぎが苦手で、1回目、2回目までは、なんとかできるけど、それ以上は水を吸い込んでしまって、パニックになってしまう。

 一度パニックになると、手足がバタバタもがくだけになって前に進まず、ちょうどそこら辺からプールが深くなるから、結果おぼれてしまうんだ。

 僕は悪くない…と思う。


 そもそも人間は陸の生き物で…、…はぁ、プール嫌だなぁ。


「ワシが良い呪文を…」

「菊っちゃんは黙ってて!」


 大塚君とやり合ってから3日経つ。

 保健室で目が覚めてから大変だったんだから。


 あの時、僕がそっとベッドから出ようとしたら副委員長が目を覚まして、大騒ぎして先生を連れてきた。それから、先生から僕への事情聴取が始まった。


 先生の中では、大塚君が血を出しているから、僕が悪いことになってた。だから、僕は、大塚君が掃除をサボって他の班の邪魔していたことを説明した。


 それでも先生は、話せばわかることではないか、殴ることはないと言った。大塚君が最初に手を出したと、僕が言っても解ってくれなかった。


 先生は、100歩譲って大塚君が先に手を出したとしても、血が出るほど殴ることはないと言い、僕は、あそこで止めれば、ボコボコに殴られていたのは僕だと言い返した。それでも先生は、僕が問題を起こしたと考えているようだった。


 黙ってしまった僕を見て、先生が何か言おうとしたその時だった。


「先生、私は全部見ていたんです」 副委員長が喋りだした。

 その横顔は凛としていて美しくて、コメカミに青筋が浮いてた。


 それから30分…、凄かった。副委員長。

 だって、菊っちゃんが「すげぇな、この娘」って言ったもん。


 今までの大塚君がしたこと、僕が委員長として注意しても無視するどころか、何回も僕を殴っていたこと。それを1学期から順番に具体的に挙げていった。


 もう、口はさむ間もなく喋ってたもん。僕と先生は、完全に聞き役、頷くだけ。

そして、副委員長の長い話が終わった後、先生は疲れた顔で僕に言ったんだ。


「石井くん、どうしてもっと早く先生に相談してくれなかったんだ。もっと早く相談してくれていれば対処のしようもあったのに。これからはもっと早く相談してくれ」


 僕は、副委員長のコメカミがピクリと動いたのを見て怯えた、そして慌てて先生に言ったんだ。

「分かりました。これからはもっと早く先生に相談します」


 この後、母さんが仕事を早引けして学校まで迎えに来てくれて、その帰りがけに大塚君の家へ謝りに行くことになった。

 副委員長は、すごく自然に僕と母さんと一緒に大塚君の家へ行くと言った。僕と母さんは危うく頷くところだった。


 僕と母さんは、副委員長を連れて大塚君の家へ謝りに行くことは、あり得ない事ではないが、かなり不自然ではないかと、それはもう辛抱強く副委員長に説明した。そこで、副委員長は、しぶしぶ僕達だけで行くことを認めてくれた。

 その代わり、副委員長は母さんと僕にお願いをしてきた。母さんと僕が、大塚君の家で喋ったことを一言一句違わずに副委員長へ教えること。更にそれは、僕の家で、僕から直接、副委員長に伝えること。

 母さんと僕は、壊れた人形のように、カクカクと2人揃って頷いたのだった。


 副委員長を説得する大変さに比べたら、大塚君の家に行ってからは特に問題なかった。大塚君のお母さんは最初喧嘩腰だったけど、僕が殴ったことを謝ったうえで、1学期から起きたことを30分話したら、最後は涙ながらに謝ってくれた。僕のお母さんと大塚君のお母さんが、向かい合ってペコペコ頭を下げているのは、なんかゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいで面白かった。

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