少年と少女と例え話

御堂鳴子

第1話 隕石

「例え話をしようじゃないか」


 少女のその提案に、少年は小さく頷いた。


「今から10秒後に、ここに隕石が降ってくる」

「えらく唐突だな」

「例え話なのだから脈絡など必要ないだろう。そもそも私は人の会話に脈絡など存在しないと考えている。思いついたことをノータイムで口に出すから会話なのであり、内容を十分に吟味してから発言するのでは、それは議論だ。違うか?」

「少なくとも話題の本筋はそこじゃないことだけは分かる」


 少女の悪い癖を、少年はついた。はたと気づいた様子の少女は、握りこぶしを唇に当て、こほんと咳払いをする。


「隕石が降ってくるんだ。それも巨大なものだ。被害規模は半径10キロはくだらない。逃げるのは不可能だと断言できるな?」


 少年はおとなしく頷いた。


「しかし、ここで私に天啓が舞い降りてくる。不思議パワーを授かれるんだ。隕石を止めることはできないが、自分と、あと誰かもう一人の命を救うことができる不思議パワーだ」


 それは天啓ではなく天授ではなかろうか。そう思ったが、少年は黙っていた。ケチくさい神様もいたもんだと悪態をつくことも、やめておいた。

 少女は、ここからが本題だと言わんばかりに興奮した様子で続ける。


「私は自分の不思議パワーを確信し、偶然目の前にいたキミに言うんだ。『キミを助けてもいいか?』とな。そうしたらキミは……」


 どう答える? と。そこは言葉にせず、少女は含み笑いを浮かべた。

 少年は素直に、ありきたりな質問だと思った。前置きこそ壮大だが、要するに究極の選択だ。世界が滅びても私と生きてくれるか、と。少女はそう聞いている。

 しかし、ここで重要になるのは、少女の聞き方だ。少女は素直に言っていない。誘うのではなく、許可を乞うている。助けたいんだ、ではなく、助けてもいいか、と聞いているのだ。少年はこの意味を深く考えなければならない。

 なぜなら、少年と少女は、そういう関係ではないからである。


「難しいな……」


 時間稼ぎの策をろうする。少女はくすくすと笑って、机に頬杖をついた。

 少年が悩んでいる姿を見て、愉悦を感じているのだ。少年にとっては苛立たしいことこの上ない視線だが、毎日この視線に晒されているせいもあって、若干慣れてきた感があるのは否めない。


「内容を加えてもいいだろうか?」


 頬杖をついているのとは逆の手の人差し指をぴんと立て、少女は言った。

 嫌な予感が骨髄を貫き拒否しかけたが、少年は無言を選んだ。


「キミの手を取るんだ。私は、そっと、包み込むように、キミの手を取ろう。ご所望ならば上目遣いもオプションでつけるが、どうだろうか」

「偶然目の前にいただけの人間に、なぜそこまで入れ込めるんだ?」

「おっと、その反撃は想定していなかった」


 少女は失言を恥じるようにそっぽを向いた。夕焼けに染まる空を見つめ、面白い形の雲を見つけて嬉しそうに微笑み、それから、熱のこもった目つきで少年の顔を見た。

 まっすぐな視線に射抜かれる。今度は少年が、無意味な咳払いと一緒にそっぽを向く番だった。


「時間切れだ」

「聞いていないが」

「今決めた」

「……だから、そういうところに」

「脈絡がないと言いたいのだろうが、さっきも言ったように会話に脈絡など存在しない。キミがいつまで経っても答えを出しそうにないから痺れを切らしたんだ。私の我慢袋がまんぶくろがな」


 その袋が何なのかは聞かないことにした。

 催促されては答えを出すほかあるまい。第一、こうして教室で時間を潰していても何にもならない。

 少年は一度天井を仰いでから、少女の目を真っすぐ見返して言った。


「断る」


 少女は分かっていたとでもいうふうに、目じりを下げて困り顔を作った。


「熱烈なラヴコールだったんだがな。さて、理由を聞いても?」

「お前と二人きりはご免こうむる。以上」

「取り付く島もない」


 少年は鞄を拾い上げ、席を立った。少女もその真似をするように立ち上がり、ごく自然な足取りで少年の横に並んで歩き始めた。

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