牛脂食べるか食べないか

柏堂一(かやんどうはじめ)

 オイルサーディン

 カシッ、ステイ・オン・タブを起こして缶詰めの蓋を開ける。たっぷりと入ったオイルに浸かったサーディンが現れる。オイルがタップンタップンと揺れテラテラと光を反射する様は、子供の頃に見た覚えがある。そう、川に垂れ流される工場の廃油に浮かぶ魚のようだ。


「なによその例えは、食べ物の例えじゃないでしょ、やり直し」

「じゃあ…」


 古くなったホルマリンに浸かった標本のようだ。


「もういいわ、あなたの感性はほんとによくわからない。食欲が無くなるから例えなくていいわよ」


 冷蔵庫からマヨネーズを取り出す。缶詰めにマヨネーズをたっぷりと注いでぐちゃぐちゃとお箸でかき混ぜる。溢れないようにゆっくり丁寧に、サーディンは形を崩しオイルとマヨネーズに黒く小さい断片となって混ざっていく。オイルサーディン・ディップが出来上がる。


「私は食パンを切ればいいのね?」

「耳を切り落としてからさらにひと口サイズに」

「ヘタって言ってね。あなたが耳を切り落とすと言うとほかの意味に聞こえるから」


 彼女は想像力が豊かだ。耳なし芳一でも連想するのだろう。


 パン切り包丁なんて洒落たものは無いから彼女は普通の包丁でを切る。僕がやるとパンの切り口が潰れてしまうのだが、彼女は上手に切る。見事な包丁さばきだ。きっと色々なものを上手に切れるのだろう。


「ほかに切るものは無い?」

「サンドウィッチも作りたいならキュウリやトマトも」


 トン トン トンとキュウリを切る音がする。

 スッ スッ スッとトマトを切る音がする。


 実演販売の包丁のように見事に切れる。彼女は切るのが好きで上手だ。


 真っ赤なトマトの切り口から果汁は流れない。真っ赤な果汁は流れない。もしトマトに感情があっても切られたことに気付いていないだろう。

 

 僕はバターナイフで、ひと口サイズに切られたパンにオイルサーディン・ディップを塗る。

 彼女はヘタを切り落としただけのパンに芥子を塗ってオイルサーディン・ディップを塗る。


 僕はオーブントースターにパンを載せる。

 彼女はキュウリとトマトをパンに載せる。 


 サクッと焼けたカナッペ。

 柔らかいサンドウィッチ。

 どちらも僕達を満足させてくれる。

 今が夜ならカナッペを摘みにお酒も良いだろう。

 

 シュッ シュッ シュッ


 洗い物をする僕の横で音がする。彼女は包丁を研いでいる。毎日包丁を研いでいる。研ぎ続けた包丁は、買ったときよりも削られて小さくなっている。研ぎ終わった包丁の刃に光をキラリと反射させながら嬉しそうに彼女は呟いた。


「さあ次は何を切ろうかな」

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