第二十五話 蓮華の水に在るが如し<後編>

おうと一緒に花を愛でるのは幸せだろうね。」


なぎは重ねた手とは反対の左手で桜の髪をすくい上げる。

そして、あの日と同じようにゆっくりといていく。

うるんだ桜の瞳に吸い込まれそうになる。

指の間を滑らかにすり抜けていく柔らかい髪の感触が、指先から腕を通り、首筋に渡って頭の片側あたりに甘いしびれが伝わる。


--この人を守りたい。


「桜は俺の左腕が怖いと思う?」


「・・いいえ、凪様の左腕は神様から授けられたものです。それに凪様は私を傷つけるような人ではありません。いつも優しくしてくださいます。」


桜が微笑んだ。


「俺は桜を傷つけたりしないよ。」


しかし、すぐに微笑みが薄れ、彼女の顔に不安の色が広がる。


「・・凪様は戦が怖くないのですか?」


凪は桜の両手を握った。


「俺だって戦は怖い。」


そして、手を握ったまま少しだけ桜に近づく。


「だけど、そこへ行くと決めたのなら生きると決めたと一緒だ。生きて、必ず勝って、戻ってくる。だから前に進むしかない。戦で生きるためには前に進み続けるんだ。」


桜が少しうつむく。


「凪様・・、私は怖いのです。」


「わかってる。俺は--」


--桜に自分の気持ちを告げたい。


「桜に生きてほしい。桜が生きることが俺が生きる理由だから。」


「凪様・・。」


「俺は生きるために桜を守る。」


--だから、君に「愛してる」を伝えたい。


風が吹いて池の水面を走っていった。

蓮の浮葉がゆらゆらと可愛らしく揺れた。

そして、真剣な表情で凪が誓いを立てる。


「約束する。」


けれど、凪はそれ以上は言わなかった。

その代わりに桜の上品な指先に触れるように口づけをする。

桜は口づけをされた手を見つめたまま頬を染めていた。

沈黙が流れる。

すると突然、二人の足元で何か動くものに気がつく。

猫のような声がする?


「な、に・・?」

「何だ?」


二人が足元へ視線を落とすと一匹の白い生き物が桜の足へり寄っていた。


「まあ、小虎!」


桜は足元の白いふわふわのかたまりを抱き上げて、腕の中に納めた。

そして、ふわふわの中へ顔を埋める。


「・・桜、それ大丈夫なの?」


怪訝けげんな顔をした凪が心配そうに問いかける。


「ふふ、小虎はすばる様の式神の白虎びゃっこです。普段はこの通り小さくて可愛いんですよ。」


「昴の・・。」


桜は擦り寄る小虎のひたいに口づけをする。

小虎はナアナアと猫のように鳴いて気持ちよさそうに瞳を細めた。

すると、今度は桜の腕から凪の方へ行こうとする。


「ふふ、小虎は凪様が気に入ったのね。」


桜が小虎を凪の胸元へ近づけると、凪がそっと抱き抱える。

小虎は撫でられながら喉を慣らして頬をり寄せた。


「昴の式神にしては可愛いな。ふわふわだ。」


凪は小虎を顔へ近づけて、そのひたいに口づけをした。


「桜、気分は良くなった?」


「はい。凪様が勇気づけてくださったので大丈夫です。」


桜が笑顔で返事をすると凪も微笑む。


「俺は桜の笑顔が見れて良かったよ。・・そろそろ戻ろうか。白丸と黒丸も待たせたままだ。」


「それに昴が心配する。」とつぶやくと凪が桜の手を取り、来た道を引き返す。

そして、凪は桜を気遣うように歩いていく。

美しい庭園の蓮池が陽の光にキラキラと輝いた。

蓮の浮葉が微笑むようにゆらゆらと揺らいだ。

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