第44話
「……あなたのは趣味よ、単なる趣味。私のはね、生きる糧なのよ」
「同じです。僕があの時、都市伝説の蒐集を誰かに止められていれば……誰かに没収されていたなら、きっと躊躇いなく、死を選んでいました」
趣味と生きる糧としての違いを、百はきっぱりと否定した。百にとってはどちらも同じで、だからこそ自身の死と、その原因となる怖れを伝えたのだ。
話すにつれて、百の口調が、はっきりと、しっかりと強くなっていく。
これが説得ではなく、自身の感情のぶつけ合いだと気付いたのだ。
折れてはいけない、それが自分達の敗北だけではなく、彼女の王国を完成させてしまうと気付いたのだ。その王国は否定と拒絶だけで創り上げられていて、その王政は腐敗の一途を辿るだけだと、前任者の百が確かに知っていたのだ。
だからこそ百は、はっきりしっかりと口を動かした。
「これしかないって思い込んで、生きがいを奪われるのが怖くて、何としてでもって、必死になって。ニュー口裂け女さんの、なんとしてでも有名になろうって気持ち、僕にも分かります。きっと、僕だって貴女と同じ立場なら、そうしてたはずです」
「一緒にしないで! 私は怖くない、怖さを与える方なんだから!」
「そんなはずありません! プライドを捨てて姉に頼って、いつ噂が消えるかもしれない恐怖感を常に感じながら、それでも足掻く貴女が、怖れないはずがないんです!」
もう、百の声は十分大きかった。
掌に穴が開いているなど、その痛みが全身を支配しているなど、もう百にはどうでもよかった。ただ、彼女を救いたい一心が、その声を大きくしていた。
一方で、ニュー口裂け女の心は委縮していた。
「っ……黙れ、黙れ!」
口ではそう言って、百の腹を蹴り飛ばすが、その目には優越感も、怒りもなかった。
自分が気づきたくなかった事実を突きつけられた時のように、悪党が自分の動機を探偵に全否定された時のように、ただ暴力で抵抗するしかなかった。
唯一、彼女は理解していないが、この時点で彼女の精神的敗北は決まったのも同然だった。理詰めも、反論もせず、ただ暴力を振るって相手の正しさを拒むのなら、相手の言い分は正解で、ただ我儘を押し通そうとしているのに過ぎないのだから。
そして困惑もあったのか、蹴りの力は強くなかった。
「う、ああ……ッ!」
百も、意識を手放さなかった。都市伝説としての弱体化とは関係なく、彼女の力が弱まっていると感じた百は、残された左手で腹を抑えながら、きっと彼女を睨んだ。
僅かにニュー口裂け女が怯んだのも構わず、百は言葉をぶつけた。
「……僕自身、このまま都市伝説を集め続けて、誰とも接さずに死んでいくって、そう思っていました。生きがいだけを信じて生きていくって、そう思ってました」
これ以上戯言を言わせまいと、ニュー口裂け女が叫んだ。
「そうね、それが幸せだったのよ! こんなバカな事件に首を突っ込まずに、大人しくやりたいことだけをやっていれば、こんな目には――」
「――でも、ターボ君達と会って、ここに来て、後悔はしていません」
ニュー口裂け女のその言葉を遮って、百が言った。
「……!」
今度こそ、ニュー口裂け女は暴力も、暴言も止めた。
百の台詞の全てが、苦し紛れの言い訳ではないと確信してしまったからだ。
百は確かに言った。自分の行いを後悔していないと。自分の生きがいから外れた道を歩んだとしても、後悔していないと。都市伝説に絡んでいるとはいえ、百は途中でも、どこでもターボ達から離れて、元の生き方に戻れたのだから。
しかし百は、それを選ばなかった。信じた生き方よりも、危険の伴う、死すらもついてくる可能性のある新しい道を選んだ理由を、百はニュー口裂け女にぶつけた。
「だって、だって、皆は僕に、新しい可能性を見せてくれたんです! 僕一人じゃあ見つけられなかった、諦めるしかなかった世界を、見せてくれたんです! たった一つ、僕に足りなかったものを!」
何か役に立てればと言った。
自分ごときでも役に立てればと言った。
「それは、それは」
そのどちらでもなく。
誰にも言わなかった、百の中に芽生えたもの。
ずっと心のどこかにあって、だけれども、いつまでも表に出なかったもの。
百には分かっていた。ここに来た理由でもあったのだから。
その要素とは、ただ一つ。
「…………勇気です。誰かを信じて、新しい道に進む、勇気です」
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