疲れきった天才魔術師、深森の魔女たちと精霊を飼うことにした

ファンタスティック小説家

第1話 もう魔術師じゃなくていい





  優れた才能が、必ずしも

   持ち主を幸福へ導くとはかぎらない


 














         ⌛︎⌛︎⌛︎



「ダルク、あなたの作った新型魔力原動機『バロック』にまた不具合が見つかったそうよ」


 母親は不機嫌に顔を歪め、そう言うと、俺の頬を平手打ちした。


 俺は壁付けの棚に頭からつっこみ、本が数冊ばらばらと床に散らばった。


 新型魔力原動機『バロック』は、俺が半年前に魔術協会にて販売をはじめた商品だ。


 この先の時代の、大型魔導具の可能性を飛躍的に高められる力作だったが、発売からチマチマとクレームがはいっていた。


 すべて、魔術協会所属の魔術師たちからだ。


 彼らにとっては、若くして一角ひとかどの財を築きあげた俺という人間が面白くないらしい。


「見なさい」


 母親が床に投げ捨てた、クレームがまとめられた紙束に目を通す。


 どれもこれも、本質的じゃない。


 デザインがカッコよくない、家のガレージにちょうどいいスペースがない、子供が触って怪我をしたなどなど……。


 ため息をつきたくなる気持ちを抑えて、俺は母親に進言する。


「……まだ第一版なので、不具合があるみたいです。これから改良を頑張ります……母さん」

「ふん、当たり前でしょう? 誰のおかげでドラゴンクラン大魔術学院に通えてると思っているの? 12歳の頃から魔術協会員にもしてあげてるの。わかる? あなたの才能も、成果も全部、私のおかげなのよ? 納得のいくように結果をだしなさい」


「はい……すみません」


 俺の親は、俺のことが嫌いだ。


 我が家マジックワン家は、この王都ではそこそこ名のある魔術家なのだが、ここ数世代は魔術世界において、大きな成果を挙げられていない。没落寸前の貴族家でもあるのだ。


 俺はそんなマジックワンの本家に優秀な才能が生まれなかったために、分家から養子として本家の仲間入りをはたした″部外者″だ。


 つまり、あの怒り狂う母親の本当の子ではないのだ。


 彼女は自分の子ではなく、俺が成果をだして自分たちの家を支えているのが許せないのだろう。


「おい、ダルク」

「っ、父さん、おはようございます」


 俺が床の本を拾っていると、父親がやってきた。


 彼は俺のもとへ寄るなり、何も言わずに杖を抜き、神秘魔術による拷問をかけてくる。


「うぐう!」


 皮膚の下が沸騰するような、形容しがたい激痛に、俺の右腕がみるみるうちに腫れあがる。


「この成績はなんだ? 貴様、定期考査ていきこうさの順位をクリストマス家の『星刻せいこく』に抜かれたな?」


 『星刻せいこく』は二つ名だ。

 クリストマス家の天才魔術令嬢。

 本来はマジックワン家が、ライバル視できるようなレベルの低い家柄ではない。

 

 俺が睡眠時間をなくして、学年順位を維持していたから、うちの両親は、対等な存在とでも勘違いしてしまっているんだろう。


「出ていけ、もうお前などいらん。お前の存在価値は、首の皮一枚で繋がっていたことを忘れおって、能無しめが」


 父親は杖を軽くふり、俺の体を赤い絨毯のうえに放り投げた。


 同時に、俺の腰のホルダーに差してあった短杖が、留め具から外れて、目の前に転がってくる。


 俺はなんとなしに無気力に、自分がどうしてこんな目にあってるのか、答えを求めるようにぼーっと眺める。


「ダルク、どうした、その杖で親に反抗でもしてみるか?」


「……」


「……ふん、所詮は分家の名誉も知らぬ、混血か。誇り高き貴族として、決闘する勇敢も持っておらぬとはな!」


 父親はそういって、高笑いして、俺の学年2位の定期考査の結果が書かれた成績表を、火属性式魔術で燃えかすに変えてしまった。


「戦う勇気もないのなら、魔術師などやめてしまえばいい。はっハハハハっ!」


 歩きさっていく父親の背中を見つめながら、俺は考える。


 こんな苦しい思いをするなら。

 こんな惨めな思いをするなら。

 こんなつまらない人生だとしたら、


 俺は、


 もう魔術師じゃなくてもいい。


「っ」


 俺は短杖を手にとり、ゆっくり立ちあがる。


「ダルク、まさか、貴様、親に向かって杖を向けるのか? 親に反航するのか?! ああ、なんと情けないことか! 信じられん!」

「あなた、もう殺してしまいましょ! ダルクは危険よ、親に杖を向けるなんて!」


 両親が演技臭く肩をすくめて、うすら笑いを浮かべ、ふたりして短杖を構えてくる。


 俺はドラゴンクランで習った決闘魔術論を思い出しながら、右足を前にかるくだし、重心を前へ移動させ、リラックスして構える。


 両親はニヤリとほくそ笑んだ。


 来る。


 俺の『魔感覚』が、両親の瞬き2回あとに使う魔力の属性、術式の数、魔術で狙っている場所をすばやく俺へ教える。


 見切った。


「≪火炎弾かえんだん≫!」

「≪風打ふうだ≫!」


 火属性と風属性の射撃。


 俺は属性のないまだまだ謎が多い最新の魔力色ーー『無気むき魔力まりょく』を杖先に発生させ、詠唱すらせず、彼らの魔術をレジストする。


「なっ、」

「え……ッ」


 俺は手元にとどめた無気の魔力で、彼らの魔術をいったん受けとめる。そののち、射線を直角に曲げて天井にぶつけ、炸裂させた。


「だ、ダルク、貴様ァア!?」

「きゃあああああ!」


 天井がガラガラと崩れて、両親のまわりを円形にかたどっていく。


 やがて、崩壊は止まった。

 

 建物の損壊も、すべて魔力の暴発が生み出す衝撃エネルギーを計算しておこなった。


 それが、両親にはただひとつも瓦礫があたらず、彼らのまわりをサークル状にかこむ不自然極まりない崩れかたをした瓦礫の正体だ。


「ぅ……!」

「こ、これは……っ」


 両親も一介の魔術師として、自分たちのまわりの瓦礫たちが物語る現象の意味を理解したらしく、顔面を蒼白にして、俺へ向き直ってきた。


「ふ、ふはは、やれば出来るじゃないか、ダルク。そういうことだ、魔術師とは戦って道を切り開く、やっとわかったようだな!」

「そ、そうよ、ダルク。よく冷静でいられたわね、母さんとっても誇らしいわ!」


 さっきから、手のひらをくるっくるひっくりかえす両親へ、俺は冷たい眼差しを向けて、杖を床のうえに放り投げた。


「もう……マジックワンの人間じゃなくていいです」


 杖を蹴り、玄関扉を開けて、家を出ていく。


「待て、ダルク! 何を言ってる! そんな身勝手が許されるわけあるか! 新型魔力原動機のクレームなんて、私たちだけでどうすればいいと言うんだ?!」

「そうよっ、これまでの恩を忘れたの?! 馬鹿なこと言ってないで、戻って来なさい! マジックワンにはあなたの力が必要よ!」


「……だとしても、この結果は全てあんた達の行いの発露はつろに過ぎない。さようなら。もう二度と会うことはないですよ」


 俺はそう言い残し、背後でわめきたてる両親から逃げるようにマジックワン家をあとにした。


 

         



 マジックワン家を出たあと、俺は家の裏の森をがむしゃらに進んだ。


 森に入ったのは朝だったのに、今ではもうすっかりあたりは暗くなってしまっていた。


「ああ、ほんとうに出てきてしまった……」

 

 俺はつぶやいた。


 マジックワン家の生活に未練があったわけじゃない。


 朝も昼も晩も、俺には休む時間などなかった。


 一日中、家の中にいては、ドラゴンクランの授業のための勉強、定期考査のための対策、魔術協会員として『魔術協会深度』という名の、魔術師としての階位を『黄昏たそがれ』まで獲得したり、魔術貴族むけの商品開発をしたり……。


「はあ……もう、疲れたな……」


 俺は暗い森のなか、木の影に座りこんだ。


 こんな時間に、こんかところにいては、いつ魔物に襲われるかわからない。


 常識的に考えて危険すぎる行為だ。


 でも、もう、どうでもよかった。

 このまま死んでも構わないのだ。


 頑張っても、頑張っても、頑張っても。

 頑張っても、頑張っても、頑張っても。

 頑張っても、頑張っても、頑張っても

 頑張っても、頑張っても、頑張っても


 頑張っても、頑張っても、頑張っても!


「誰も、褒めてくれないじゃないか……!」


 あふれる涙が止まらなかった。


「くそっ……くそっ、ぅぅ、ぅぁぁ、ぁ」


 毎日、必死に生きて、必死に努力したのに。


 両親は、周囲は誰も褒めてくれなかった!


「ぅぅ、ぅぅ……っ」


 俺は人生に疲れたんだ。

 膝を抱えて、俺は暗い森の中で泣き続けた。



          ⌛︎

          ⌛︎

          ⌛︎



 ーーしばらくあと


「わふぅ」


「ぅぅ……ん?」


 今、変な声が聞こえた。


 俺は涙でよく見えない視界を左右にふり、声の主人をさがした。


 そして、見つけた。


 暗い夜に溶けこむ、小さな影。


「これは……黒い、仔犬こいぬ?」

「わふぅ、わふ、わふっ!」

 

 黒い仔犬がむかってきて、俺の足に体当たりしてくる。


 すると、ビヂィ! っと生理的に嫌な音が鳴り響き、俺の魔感覚が熱をおびた。


 今、魔力の反応があった。


「この仔犬、純魔力の塊じゃないか……、まさか、生命というより、伝説に聞く精霊に近いのか……? でも、そんなことって……」


「わふぅ!」


「あっ」


 黒い仔犬が、走りだしてしまう。


 俺はそんな仔犬を、無意識のうちに追いかけてしまっていた。


 なんで、追いかけようと思ったのかは覚えていない。


 ただ、俺は精霊という存在と、彼がいく先に何かがあるという予感に、形のない期待を寄せていたんだと思う。


「待て、おい、待てって!」

「わふぅ、わふっ!」


 俺は仔犬をどこまでも、追い続けた。


 

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