歯車は狂い続ける

 こんなの間違っている。シランちゃんを攻略する主人公はわたしのはずなのに……絶対におかしい。おかしい、おかしいおかしいおかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。


 おっといけない、うっかり取り乱してしまった。一旦深呼吸しよう。すぅう、はぁあ。あっ、シランちゃんの良い匂い。


 本題に戻ろう。わたしの悩みの種は、いつだってシランちゃんだ。

 最近、シランちゃんとアイリスの仲が、妙に縮まっているように見える。具体的なタイミングを言えば、あの夜以降だと思うのだけど……舞踏会の裏で一体何が起きていたというのか。気になって仕方がないが、一方で想像すらしたくないと拒絶するわたしもいる。

 いやまあ、あのむっつりアイリスのことだから、どうせ大したことはしていないだろうと思うけど。




 舞踏会の夜、結局シランちゃんが会場に現れることはなかった。

 わたしとしては、その時点で舞踏会に参加している意義を失っていたのだけれど、だからといって参加してしまった以上は踊らないわけにもいかない。というわけで、泣く泣く同じ境遇のアネモネちゃんとペアを組むしかなかったわたしの心中を、どうか察してほしい。

 正規のヒロイン攻略を進めるつもりはないんですけど!? 誤って想定外のルートへ分岐してしまっても困るので、こういう事態はなるべく避けたいところだ。まあ、相手のアネモネちゃんも同様に渋い顔をしていたので、その辺りの心配は無用だろう。


 舞踏会が幕を閉じるや否や、わたしは全速力で寮に帰った。これで、もしもシランちゃんが部屋にいなければ、危うく発狂していたところだが……。


「おかえり。へへ」

「た、ただいま、シランちゃんっ。……一体どこで何をしていたの? 心配したわよ」


 良かった、全てわたしの思い過ごしだったようだ。シランちゃんなら舞踏会なんて面倒ごとはサボっても不思議じゃないし、部屋でのんびり休んでいたのだろう。アイリスがいなかった理由も、キャメリア様の言っていたとおり、忘れ物を取りに戻っていただけだよね。あの子も大概不真面目だから、そのままどこかでサボってるんじゃないかな。


「えへへ、ちょっとね……悪友アイリスと、サボってた」

「なっ…………」


 ちっとも良くなかった。悪い予感、見事に的中というね。これはもう、盛大に発狂するしかない。

 ……うぎゃあぁあああああああああああああああああああっ!!


 心の中で叫んでみたところ、ちょっとだけ落ち着いた気がする。ちょっとだけだけど。

 一旦ポジティブに考え直そう。この時間に寮へ戻ってきているのだから、少なくともアレな事態にまでは発展していないと推測できる。それに、シランちゃんとアイリスはもともと気心知れた親友という関係性だ。二人で授業をサボることも珍しくない。

 うん、まだ大丈夫……なはず。


 とは言いつつも、生半可な態度で時間を浪費していたら、シランちゃんとの関係なんて永遠に深められないと実感した。彼女の攻略難度は、間違いなく鬼の域だ。

 ならば、わたしはこれまで以上に全力で攻めるまでである。覚悟してねシランちゃん。必ず貴女とのトゥルーエンドを迎えてみせるから。うふふふふ。





 最近、ルームメイトの様子がおかしい。

 いやまあ、リリーがおかしいのなんて元からっちゃ元からなんだけどさ。最近のおかしさは、ちょいと方向性が違うのだ。

 まず、朝起きると大抵リリーが隣に潜り込んで眠っている。さらに言えば、起き上がって鏡を見ると、首元にいくつもの赤い痕が……なんてことも。ボク、寝てる間に何されてるの?

 今日に至っては、寝転がっているボクの上からリリーが覆い被さっている状況で、いよいよ起き上がることすら許されない。


「そうだわ。ねえシランちゃん、今日は愛の巣に引き篭もって二人きりで過ごしましょ」

「いや、授業……あるし」

「ダメよシランちゃん、お外は危ないわ。悪い虫が寄りつかないよう、わたしが保護してあげないと」

「く、くるしぃ……」


 リリーの腕がボクを強く締めつけたので、危うく朝から潰されそうになったが、間一髪で締め付けが緩む。……いや、なんというか、いろんな意味で重すぎるって。ヘルプミー!

 必死に説得した甲斐あって、渋々リリーがボクを解放する。ボクは布団から跳ね起きると、急いで制服に着替え始めた。リリーの行動、日に日にエスカレートしている気がするなぁ。


「そういえば、シランちゃんにプレゼントを用意していたんだったわ」

「プレ、ゼント?」


 リリーからボクにプレゼントだなんて、一体何をくれるというのか。普段だったら喜ぶべきところだけど、状況が状況なだけに不安の割合が大きい。


「そう! シランちゃんってあまり洒落っ気がないから、チョーカーをつけてあげようかなって」


 お菓子じゃないのか、ちょっと残念。そんなこと考えたら、甘いものが食べたくなってきた。

 久しぶりにマグノリアさんでも誘ってカフェに行こうかな。あのときのチーズケーキは絶品だった。


「わたしがつけてあげるから、少しだけ目を瞑ってほしいな。嫌……?」

「えっと……今? 嫌ってわけじゃ、ないけど……うん、わかった」

「うふふ、どんなチョーカーなのかはサプライズだから、つけ終わるまで目を開けちゃダメよ」

「う、うん……」


 仕方がないので目を閉じる。まあ、人の好意は素直に受け取っておくべきだからね。

 鼻歌を歌いながら、リリーが側にやってきた。袋からごそごそと何かを取り出す音がして、直後にリリーの腕が首元まで接近する気配を感じる。

 

 じゃらり。


 ……ん? 今何か、チョーカーであれば聞こえるはずのない音がしたような。なんとなく違和感を覚えたボクは、そっと細目になってリリーの手元を観察する。

 リリーが手にしていたのは、革製の黒いベルトだった。そして、じゃらりという音の正体は、ベルトに繋げると思われる金属の鎖……いやそれ、チョーカーじゃなくて首輪だから!?


「ごめんっ。用事、思い出した」

「えっ……?」


 ボクは慌てて目を開き、リリーを無視して扉の方へ向かう。さすがに身の危険を感じるので、今はとにかく退避したい。


「じゃ、お先にっ」

「もう、シランちゃんの意地悪ぅう」


 リリーが口先を尖らせているが、そんな顔してもダメなものはダメ。ボクはそのまま部屋を飛び出した。

 

 最近のリリー、そして先ほどのリリーが取った行動を思い返しながら歩く。

 これはあれかな、所謂ヤンデレってやつかな?

 そういう特殊な属性は、ヒロインの個性だから成り立っているものだと認識していたんだけど……主人公側のヤンデレって、はたしてニーズがあるんだろうか? 『フラワーエデン』の制作者に問いたいところだ。

 大体、そんな重たい感情はボクみたいなモブに向けるもんじゃありませんよ、まったく……。




ーーーーーーーーーーー




皆さんがプレゼントを受け取る際も、首輪にはご注意くださいませ。うっかり装着されてしまわないように……。


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