第40話 艦長私邸2


 俺はゼノ殲滅のための緊急会議を終え、執務室に戻ってきたところだ。執務室にはアインしかいない。


「艦長、お疲れ様です。コーヒーをれて来ましょう」


「ああ、頼む」




「フー」


 マグカップに入った熱いコーヒーを吹き冷ましながらぼんやりする。


 体の方はなんともないが、やはり気疲れがある。ゼノかー。俺がアギラカナに来ていなければ、何十年か先に、地球がイプシロンIaのように光球になってたんだ。その時自分がまだ生きていたら死んだことも気付けないだろうな。



 そんなことをコーヒーを飲みながら考えていると、先ほど会議室で分かれたコアのアバター、マリアさんが執務室にやって来た。


「司令長官閣下はなんだか疲れてますね」


「初めての作戦会議だったもので緊張しました」


「そのうち慣れてきますよ」


「慣れるほど何度もゼノに来てもらいたくはないですよ」


「私もそう思うけど、相手次第だからどうしようもないわ。今回の作戦でおとり艦の有効性が実証されたら、反物質の備蓄と一緒におとり艦も増やしていきましょう。アギラカナの生産能力でも、反物質を大量に作るにも船殻を作るのにも時間がかかるわ。今度の作戦に間に合うおとり艦は十二隻くらいかしら。兵站部とすり合わせをしながらうまくやっていくから心配しないでいいわよ。司令長官が焦っても仕方がないから、地道にいきましょう」


「艦長、仕事の話はそれくらいにして、マリアさんもいらっしゃっていることですし艦長の私邸に行ってみませんか? 艦長は私邸が完成してからまだ一度もいらしてませんよね?」


「そうだったな。もうだいぶ経つから畳なんかも色がいくらか落ちてきてるだろうな」


「畳については、先日畳表を張り替えていますから、イグサの香りも残った青畳のはずです」


「一度も使ってないのに手間をかけて悪いな。それじゃあマリアさんも一緒にどうです? 和室の実物は初めてでしょう?」


「艦長の私邸には温泉風の露天風呂もありますから、マリアさん一緒に入りましょう」


「そうね、私も興味があるわ。持って行かなくちゃいけない物は無いのよね?」


「たいていのものは揃っていますし、なければドローンに届けさせますから問題ありません。夕食はここの厨房から和食を届けさせますから、日本でいうところの温泉旅館の気分が味わえますよ」


「それは、楽しみだ」「楽しみね」


「アイン、俺達は私服に着替えてこよう。マリアさんはしばらく待っててください」




 転送ルームから第一層の転送先に出てみると、そこは一見東屋あずまや風の建物になっていた。なだらかに石畳の小道が丘の方に続いている。小道の両側には手すりも付けられ、手すりの裏側は背丈ほどの高さにきれいに剪定されたサザンカか椿っぽい木が生垣状に植えられていた。


 小道を上った先の丘の上には、周りを大き目の石で組み上げた石塀に囲われた大きな和風の一軒家が建っていた。まさに温泉旅館。石塀の内側の敷地には、桜?の木が何本も植えられている。まだ若木なので枝ぶりはあまり良くないが、見ごろに白に近い薄いピンク色の花を咲かせている。見た感じ、庭に植えられた桜の木はソメイヨシノだろう。


 玄関の引き戸をガラガラ音をたてて建物の中に入ると、土間の先に上がりかまちがあり、もう一段上がるときれいに磨かれた木の廊下が続いていて、ご丁寧にスリッパまで揃えて置いてある。


「艦長、一通り屋敷の中をご案内しましょうか?」


「いや、今はいい。これはもう温泉旅館だな。早く風呂に入ってさっぱりしたい」


「廊下の突き当りの右側が男風呂で、左が女風呂です」


「へー、艦長の家を作ってたのは知ってたけど、中がどうなってるのかは知らなかったの。いいわねー。今度から私もちょくちょくお邪魔しよ」


「いつでも、マリアさんの好きな時に使ってください」


「ありがとう。そうさせてもらうわ。アイン、私たちもさっそくお風呂に入って来ましょう」



 靴を脱いでスリッパに履き替えて廊下を歩いていく途中、


「艦長、食事はこちらの座敷になりますので、お風呂から上がったらおいでください」


 入り口の引き戸を引いて中を見てみるとイグサの香りが気持ちのいい青畳が敷かれた和室で、真ん中に大き目の座卓が置いてあった。


「了解」



 廊下の突き当りで二人と別れ右に曲がると、正面に『おとこ湯♨』と紺地に白く染め抜かれた暖簾のれんが下がっていた。暖簾をくぐって中に入ると脱衣場。置いてあった籠の中には糊の利いた浴衣と羽織が畳んであった。


 浴室に入ると十人ほどが並んで入れるほどの大きさの大谷石風の石で出来た浴槽だった。正面はガラスに見える透明板で仕切られている。仕切りは湯気で曇ることもなく向こう側を見通せる。仕切りの外は露天の岩風呂のようで、隅の方の高いところから打たせ湯が流れ落ちている。浴室の隣はサウナで、サウナの入り口の横には水風呂がある。まさに温泉旅館だ。


 軽く体を洗い、外の露天風呂の打たせ湯を肩に当てていると、すごく気持ちがいい。緊張して肩もかなり凝っていたようだ。岩風呂の先は日本庭園風に庭石や松などが植えてあり小さな池も見える。


 浴室に戻り頭を洗った後、しばらく湯船に肩までつかりいつものようにぼーとしていると、隣の女風呂の方がなんだか騒がしくなって来た。


 脱衣場に戻り、用意されていた新しい下着を着け、その上に浴衣を着た。その上に羽織ろうと、畳んであった紺色の羽織を広げてみると、左右の衿下えりしたに『アギラカナ』と縦に白く染め抜かれていた。秘書室の連中、なかなかやるじゃないか。


 着替え終わって座敷に戻ってみると、座卓には既に食べ切れないほどの和食の数々が卓一杯に並べられており、脇の方に水滴の付いたビールの大瓶がお盆の上に四、五本立っている。その座卓の周りには座椅子が左右三つと四つ、ぜんぶで七つ置いてある。これは宴会なのか? あと四人誰か来るのかな。


 上座がどちらかわからないし、ここは俺の私邸と言うことだから、取り敢えず真ん中あたりに座っていてもいいだろう。


 料理を目の前に、しばらく座っていると、廊下が騒がしくなって来た。いきなり引き戸が引かれ浴衣に羽織姿の女性がぞろぞろ六人ほど部屋に入って来た。


「みんなも呼んじゃったの」


「大歓迎です」


「艦長、お邪魔しまーす」


 先ほどまで会議をしていた面々五名と、陸戦隊司令のエリス少将の六人が部屋に入って来た。全員薄化粧をしているようだ。


 俺の左がアインで、右がマリアさん。向かいが四人の幹部という席割。


 幹部四人はいつもすっぴんで四十歳くらいにみえたけど、化粧をすると三十前に見える。バイオノイドには化粧文化はないという話だったが、アインたちが流行らせたのか。



「それではカンパーイ!」


 グラスに注がれたビールを七人で一気に呷る。だいぶ日本文化が浸透している。


「プッフー」


 旨い。みんなビール髭をつけている。笑いが自然と起こる。『幸せだなー』と思うのか『平和だなー』と思うのか。

 


 それからはまさに宴会。宴会芸は出なかったがいろんな話をした。ビールが無くなると、すぐにアインが席を立って冷えた日本酒のボトルを持って来てくれた。


「……艦長もお疲れのようでしたが、元気が戻られたようで何よりです。われわれバイオノイドはアーセン人や地球人と違いほとんど精神的なストレスは感じないのですが、義務の履行が困難な時や不可能な場合にだけ強いストレスを感じます。ですので与えられた義務を果たしていくことがわれわれの喜びです」


 俺から言うのも何だが、ブラック企業の経営者が、よだれを垂らして欲しがるような人材ばかりだ。いいのかそれで? 日本料理を器用にはしを使って食べている六人を見ていると不思議と気持ちがやわらいだ。



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