宇宙船をもらった男、もらったのは星だった!?

山口遊子

第1話 山田圭一、実質解雇


 自動ログ装置から流れる単調な報告音声が艦の中央指令室の中に響く。



 工作艦SII-001より報告。


――対象惑星の周回軌道にステルスモードにて侵入しました。他人工衛星との衝突を回避しつつ周回します。


――観測衛星4基射出……完了。


――ナノボット散布用降下ポッド、全16基射出完了。


――ナノボット散布後、降下ポッドは保護シールド未展開で惑星大気圏内を自由落下します。


――惑星大気の圧縮熱により、全降下ポッドの消失を確認。


――本艦は第5惑星軌道まで後退、ハイパーレーンゲートを建設しつつ、観測衛星からの情報収集にあたります。





 夜空を星が流れ、明るくほの白いスジを引く。


「あれ、今のは流れ星か? 大きかったな。思った以上に速い。あんな短時間じゃ願い事は無理だな」 


 午後9時過ぎ。街の明かりのせいで、3等星以下の星はほとんど見なくなった夜空だが、今日は雲もなく運よく流れ星を見ることができた。明日あしたはいいことがあるかもしれないな。


 俺の名は、山田圭一ヤマダケイイチ、歳は四捨五入の四捨すると三十。


 今日も金属材料の強度検査で残業だ。最低限の人手でぎりぎりやっている職場のため作業量が急に増えると残業でこなしていくしかない。何人かいる女性社員は早めに帰すようにしているが、それでも午後7時を越えることはざらである。


 上からは、作業を早めるよう催促さいそくされるが正確な検査をするためには時間がそれなりにかかる。検査機器も自動で何でもできるような最新式とは違い、検査員がつきっ切りで作業しなければならない旧式だ。


 今日の作業がやっと一段落したので、検査機材をチェックし帰り支度を済ませて事務所の玄関を出たところだ。


 ここは市街地からやや外れた郊外にある検査施設なので、通勤は自家用車か郊外バスでのそれが主流になるが、この時間だとすでに最終バスは終わっている。


 会社の駐車場に停めた愛車の軽に乗り込みエンジンをかける。


 今日も途中のコンビニでパックご飯と総菜物を買って帰ろう。まだ残ってればいいが。運転席から守衛のおじさんに挨拶あいさつして会社の敷地を後にした。


 毎日同じ作業の繰り返し、あまり頭を悩ますことはなく普通にやっているだけで給料がもらえているのだからありがたい。毎日夜の9時、10時と残業することが普通なのかはさておくとしてだが。しかも、曲りなりにも管理職であるいま、この時間では深夜手当もつかず全くのサービス残業だ。手取りは、平社員だった数年前とさほど差はない。




 翌日。


 昨日きのうと同じように愛車で会社に着き、昨日きのうと同じように事務所に入ると、昨日きのうと違って何か事務所内がバタバタとしている。何かあったのか?


「山田君、所長室まで一緒に来てくれるかね?」


 普段、俺よりも出勤がずっと遅いはずの管理部長に呼ばれ、あまり入ったことのない所長室に連れて行かれた。


 所長室の中には、会議用の長テーブルが置かれており、真ん中に所長、隣りに製品検査部長、反対隣りに金属検査課長が並んで座っていた。つまり俺の上司たち全員が偉い順に並んで座っていたわけだ。


 勧められるままに、所長の正面に座る。管理部長はそのまま所長室から出ていった。


「山田君、今朝の新聞は読んだかね?」


 正面に座る所長の質問。


「いいえ、まだ読んでいません」


 新聞は会社に置いてあるのをたまに手に取るくらいで、家では取っていない。ネットで十分だと思っている。


 所長の前に置いてあった新聞を、製品検査部長が俺の方に押しやる。


 それは全国紙の経済新聞。一面の見出し『特殊金属製品大手、○○製作所、製品検査偽装か?!』 大きな活字が躍っていた。


「???」 なんだ? 製品検査偽装?


 所長が俺の顔を見て、話し始めた。


「山田君、そこに書いてあるのは、君が昨年検査をした特殊鋼材のことだ。覚えているだろう?」


「えーと、これは、乗用車用ジーゼルエンジンのクランク部分の強化特殊鋼ですか。去年検査した? ……うーん? あっ! 思い出しました。その部材は、ここでは検査に時間がかかるということで、いったん社長室経由で、外部に検査委託したと記憶してますが」


「何を他人事ひとごとのように。君の検査確認印が検査報告書に押してあるんだよ。君が検査したんだよ。調べは付いてる。どうして検査結果を偽装しようとしたんだね」


「検査してないのに、偽装も何も。どこに偽装する意味が僕にあります? 会社にはあるかもしれませんが」


「何を言ってるんだ君は! もういい。今日は仕事はいいから自宅に帰って待機していたまえ」


「そうですか。それじゃあ、失礼します」


 これはいったい何なんだ? 俺は当惑したまま、椅子から立ち上がり所長室を後にした。 


 そういえば、あの特殊鋼材は他社とコンペしてたんだよな。何だかなあ。俺は、トカゲの尻尾にされちゃうのか?


 仕事をしなくていいのなら、さっさとおいとまするとしよう。



「先輩! 何かあったんですか?」


 何か重そうな荷物を持って廊下を歩いている一条佐江に出会った。 同じ検査係でなにかとえんのある後輩だ。


「ああ、ちょっとな。悪いが俺はもう帰るからあとはよろしく」


「ちょっ、ちょっと先輩! ズル休みですか? とにかくこれを持つのを手伝ってくださいよ! これ結構重いんですよ」


「悪い、一条、急いでるんだ。そのうちなんかおごってやるから。じゃあな」


「もう。先輩、絶対ですよ!」



 そのまま、自宅に帰ってふて寝した俺のもとに、北海道のとある営業所への異動通知と降格辞令、その他もろもろの書類が、会社に置いてあった私物とともに自宅待機を言い渡された三日後に送られてきた。


 二週間以内に異動しろと。引継ぎも何もいらないらしい。その場で退職願を書いて、郵送してやった。



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