第2話 杮落とし
「兼木禰瑠館長、今日はいよいよ開館日ですね。」
「うむ。「図書館の日」に合わせたのだ。読書で涵養した知性と教養が
買われて、テレヴィのコメンテーターとしても引っ張り凧の私が私財を
擲(なげう)って、未来仕様の「知の空間」をプロデュースしたというので、
豈はからんや、大変な話題になった。
今日も開館前からちょっとした観光客の博覧会見物みたいな長蛇の列
だしな。俺は幸せ者だ。60にして模範としているフランクリンを凌駕する
大事業を成し遂げられた!男みょうりに尽きるよ。「図書館『夢』」は私の命です、
ってとこだな」
朝早くなのに、シャンパンで乾杯しながら苦労人の館長は涙ぐんでいた。
…「図書館『夢』」は、3PARTに分かれていて、それぞれ、「過去」、「現在」、
「未来」がテーマのパヴィリオン形式だった。それぞれに個性的な分館長が
就任していて、来館者数を競い、その数に応じてボーナスが配分されて、
どんどん有機体としての図書館は発展変貌していく。
財源は毎日中央ホールで催される講演会やイベント、コンサート、そうした
魅力的な文化的なお祭りによる収入で、入場料を取るに値するコンテンツ
しか開催せず、それゆえ私立図書館というものの強みを生かせる、という
わけだった。自由競争の市場原理を応用しているのも企業家出身の館長
ならではの発想だった。
「過去」館は、アレクサンドロス図書館の内装を模倣していて、クラシカル
な図書館スタイルが踏襲され、巨大な開架式の書架が並び、古文書や
歴史の資料が充実していた。展示コーナーには 収集された過去の巨匠の
美術品や彫刻、書画などがレプリカをまじえて周到に展示され、人類の文化
遺産というものがどういう風に創造され、布置され、あるいは破壊を受け、
あるいは再現されてきたか…そうしたマクロな視点での地球的な「過去」の
知の遺産ができるかぎり俯瞰されうる、壮観な知の「饗宴」の様相を呈していた。
そうしてもちろんミクロには重要な歴史や伝統美術、古典の書籍すべてが
網羅具備されていて、学術的な研究をする上でそろわない資料はまずない、
と館長は豪語していた。
「一生ここで寝泊まりしたい」そうのたまう学者もたくさんいるほどだった。
では、「現在」館、「未来」館はどんなだったろうか…?
<続>
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