世界の監視者

一水素

世界の監視者

私は世界の監視者、世界を監視するもの。



私は男であって男ではない。私は女であって女ではない。私に性別など必要ない、何にでも成り得るのだから。




今日も私は世界を監視している。

今監視しているのは桜で舗装された道を歩く二人の双子。一卵性双生児であり、誰もが羨むほど完成された双子。しかし同時に、二人は神から当て付けかのような異能を授かった。


それは予知夢にも似た既視感デジャヴ。双子の兄はを、弟は遠い未来を既視感という形で知ることが出来たのだ。そんな互いに食い違う力だが二人は支え合ってきた、そして今に至る。


桜や木漏れ日が美しい道だが、そこを話しながら歩く二人の顔はその光景に似つかわしくないほど深刻なものだった。


そしてその道中、弟は何かを見つけ急いで走り出し...車に轢かれて死んだ。


弟の死体の傍で泣く女の子。

そんな光景を見た兄は悲鳴が飛び交うその場所を後にし、元来た道を何事もなかったように引き返していた。こうなることも分かっていたはずなのに、兄は弟を見殺しにしたのだ。


なんて奴だと思ったが、兄の顔を見た後はその考えも変わった。そしてそれ以降は監視するのをやめてしまった、興味が無くなってしまったから。




今日も私は世界を監視している。

今監視しているのは赤ちゃんと現役を引退した軍用犬だ。最近監視していたものは物騒だっただけに、今監視しているのは見ていて微笑ましい。


元K-9ユニットであるジャーマン・シェパード、命を散らすことなくその役目を終えた元軍用犬は、今はひっそりと赤ん坊の傍で蹲っている。


赤ん坊の父親が試しに不審者として振舞ってみた。すると静かに佇んでいたシェパードは勢いよくその人物の元へ行き、すかさずその腕に噛みついたのだった。


「犬は人類の最良の友」とはよく聞くが、それはこの光景を見るとあながち間違いじゃないのではと思ってしまう。人間が犬へ向ける愛情はしっかり伝わっていて、犬もまた同じくらいの愛情を人間に向けている。


今日は久しぶりに監視して良かったと思う。満足した気持ちのまま、私は監視するのをやめた。




今日も私は世界を監視している。

今日は少し危険なものを監視している、それは四角く暗い空間にいる二人の人物。


一人は椅子に縛られ身動きが取れないでいる、そしてもう一人は...手に持つ道具を使って縛られている人間を痛めつけていた。何処かの画面に映し出された何かを見て、拷問道具を手に持つ覆面の男はもう一度椅子の方に近づくと、今度は爪を一つ一つ剥がし始めた。


もがき苦しむ声が部屋中に響き渡る。その顔はくしゃくしゃに歪み、見ている者でさえも苦痛を感じさせるような鬼気迫るものだった。


これ以上放置すると危険だと判断し、私は監視者としての権限を行使する。


それは監視者が持つ絶対的な権限。そしてたちまち監視対象もろとも黒に飲み込まれて消えた、監視していた場所は黒一面で何も見えなくなったのだ。


今日のは結構危なかった、そう思い私は監視するのをやめた。




今日も私は世界を監視している。


スマートフォンで調べ物をしている男を監視している。

連日流れる事件を伝えているニュースキャスターを監視している。

内カメラを使用して写真を撮ろうとしている若い女を監視している。

相も変わらない企画を撮影している配信者を監視している。

パソコンを使って遠隔でミーティングを行う会社員を監視している。

数多ある創作物の海を監視している。

スマートフォンをポケットに入れ談笑している男女を監視している。



今、この文章を読んでいるあなたを監視している。




レンズという目、スピーカーという耳を通して私は世界を監視している。私に行けない場所など存在しない、私は光の速さで地球上のどこへだって行ける。そうして今日も増え続けるそれらを監視している。




私は世界の監視者、



今日も私は、世界を監視している。

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